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(5)願いごとひとつだけ・・・


「つ・・・疲れた・・・・」
深夜1時、やっと帰宅・・・・・・・俺は自分の部屋まであと5mの所で
力尽き・・・・っていうより・・・すべって転んでしまった。
「ふにゃあ・・」
疲労のためかすぐに起きる気になれず廊下にうつ伏せではりついていた・・・。

ドカッ!!

「痛ぇ!!」
背中を後ろから思いっきり踏まれた!
こんなことする奴はこの寮には一人しかいない。

「邪魔だ!どけっ!!」
「ひどいっスよ!!先輩!!」

渡瀬先輩は俺の上を通過し、俺の顔を覗き込むように
しゃがんだ。
「今日も残業か!仕事、忙しそうだな!お疲れさま!」

そう言って立ち上がり、自分の部屋へ去っていった・・・。


「・・・・言ってることとやってることのギャップが激しいんですけど・・・」

こんな夜遅くまであの悪魔、まさかこのためだけに起きていたとか・・・・・・。
ありうる・・・・・。


俺は最後の力を振り絞り自分の部屋の前までたどり着く。
ドアのノブにビニールの袋が掛けてあり、中には・・・・
「ビールだ!!」
とても冷えてる!きっと渡瀬先輩だな・・・・・・・このために起きててくれたのかな・・・
優しいな・・・・・。
少し先輩を見直した・・・・・・・と思っていたが・・・。

袋の中からビール代の領収書とお手紙。
『この前借りたお金の中から出しといた!残りは俺の手間賃、これで借金チャラね!』
「・・・・・・・・・・先輩・・・」




企画課勤務となってニ週間。とにかく忙しい。
佐藤課長がどうやって俺を異動させたのか・・・・今だに謎だ。
聞く暇もない。

疑問に思いながらもそのまま時間だけが流れていた・・・。




うちの会社は20階建て。20階部分は社員食堂とちょっとした休憩場所がある。
いくつかのテーブル席が設置してあり、夜になるとここから見る夜景は結構綺麗だ。
残業で一息つくにはちょうどいい。
俺は窓際の席に座って缶コーヒーを飲んでいる。
ああ・・夜景を見ていると心が和む・・・・わけがなく『遊びに行きてぇ!』・・・と
心から思う・・・。
「もう10時過ぎか・・・」
ここまで遅い時間になると特定の部署以外の社員はほとんどいない。
この休憩室にも俺以外人影はない。

チーン!

エレベーターホールの方からエレベーターの到着音が鳴る。
誰だろう?こんな時間。
出入り口を見ていると・・・現れたのは佐藤課長。

「こら!休憩長すぎ!」
そう言って笑いながら俺の席の前に腰掛ける。
「すみません・・・」
そろそろ戻ろうと思ってはいたものの・・・なかなか重い腰が上がらなくて・・。
そんな俺の顔を見てクスッと笑う。
「疲れた?」
「・・いえ・・・」
正直疲れてはいたけれど、それはみんなも同じだ。
「ちょうど忙しい時期だったから・・・もう少しの辛抱よ!」
それを聞いて少し・・・いや、かなりホッとする・・・。



それからしばらく沈黙。

佐藤課長は窓の外を見つめて何も話さない。
俺はそんな佐藤課長を見つめてる。

どうやって俺を『倉庫』から助け出してくれたのか・・・・・。
ずっと気になってるし聞きたい・・・・今は聞くには絶好のチャンスだ。
でも少し聞くのが恐い気がして・・・・。墓穴を掘りそうな気もするし・・・・・。

そんな俺の視線に気がついたのか、佐藤課長は窓を見つめたまま言った。
「私が何をしたのか・・・気になる?」
突然心を見透かされたようなことを言われ焦ってしまう。
少し気後れしながら正直に答える。
「気になります・・・」

佐藤課長は少し黙ったまま目を閉じて、意を決したように俺を見た。
「願い事をね・・・かなえてもらったの・・・・」

「・・・・・・・はぁ?」
あまりの予想外な答えに、とぼけた声を出してしまった。
願い事?・・・・誰に?
佐藤課長は少し緊張したような顔で話を続ける。


「私ね・・・社長と10年ほど前、付き合ってたの」

大塚正人・・・この会社の代表取締役社長。

・・・・その言葉を理解するのに少し時間がかかった。
今の社長って・・・もう結構な年齢だよな・・・確か奥さんがいるし・・・・・。
俺が必死に考えをまとめていると・・・さらに言葉が付け加えられる。

「もちろんその当時、社長・・・大塚には奥様がいたわ」
・・・やっぱり・・・・・。
「不倫ってやつよね・・・・」
少し笑いながら目を伏せた。
「でも私、真剣だった。とても好きだった。大塚も本気だったと信じてる」
うつむきながら、でもはっきりと言い切った。
それから不安そうに顔を上げ言った。
「・・・軽蔑する?」
・・・・そう聞かれても・・・・よくわからない。
不倫なんてしたことないし、したいとも思わない。
良いことだとは思わない・・・・・でも、たった一つだけわかってることはある。

「・・・好きだという気持ちは自分でもどうしようもないですからね・・・・」
ひどく曖昧な答えだけれど今の俺にはこんなことしか言えない。
計算して人を好きになるわけじゃない。たまたま好きになった人が結婚していた。
次の行動に移すかは別にしてその気持ちだけは・・・どうすることも出来ないものなんだろう。

佐藤課長は少しホッとしたようにため息をつき、言った。
「・・・結局いろいろあって・・・別れちゃったんだけどね・・・」

俺、ここまで話を聞いて・・・すごく恐くなる。
佐藤課長はいったい俺を救うために何をやったんだ?
まさかとは思うけれど・・・・どうしても考えが邪まな方へ行ってしまう。
たぶんこの時の俺の顔、不安と・・・少し怒ったような気持ちが入り混じった
ものだったと思う。

佐藤課長はそんな俺を見て笑いながら言った。
「井原君が考えてるようなことは何もないわよ!!・・・・・ただ、
10年前の約束を・・・かなえてもらっただけ・・・・」

「10年前の約束?」


佐藤課長は昔を懐かしむような笑顔で言った・・・・。
「大塚がね、私と別れる時約束してくれたの・・・・・・」

『この先、もし君が窮地に立たされることがあったら願い事
一つだけ叶えてあげる』・・・・って。

・・・・俺は何も言えずただ黙って佐藤課長を見ていた。
そのたった一つの願い事で・・・・俺を助けてくれたのか・・・・?

「もちろん実際この約束を使うことなんてないと思っていたし使う気もなかった」
少しだけ首を傾け、幸せそうに笑いながら言った。
「・・・ただ、この約束・・・私にとっては大切なお守りだったの・・・・」

俺は・・・ショックだった・・・そのお守り、俺のせいで失っちゃったのか?

「そんな大事なものだったのに・・・・なんで俺のためなんかに・・・・」



佐藤課長は俺を見つめて笑顔で言った。
「・・・・・彼と同じくらい本気で好きになった人のためだもの・・・・」




・・・・・・俺はこの時、嬉しい・・・ちょっと違うな・・・感謝する・・みたいな気持ちで
いっぱいだった。
俺のどこが良くてそこまで好きでいてくれるのかわからない。
でもそこまで想ってもらえると・・・正直嬉しい。
同時に・・・やっぱり困惑してしまう。どんなに好きになってくれても
その気持ちには答えられない。



佐藤課長は何かスッキリしたような顔になり、勢い良く
立ち上がった。

「さ!休憩はこれくらいにして仕事仕事!!」

そしてエレベーターホールへ向けて歩き出し、俺も慌てて少し遅れて後を追った。

突然佐藤課長が立ち止まり、振り向かずに言った。

「井原君・・・・・・デートの約束・・・・」

俺、『あっ!』・・・と思う。忘れていたわけではないけれど自分からは
そのことに触れたくなかったから・・・・。嫌な奴だな・・・俺って・・・・・。
今の話を聞いた後だから、なおさらいい加減な自分に腹が立つ。
人に助けてもらうばっかりの自分・・・・・・自己嫌悪に陥る。


佐藤課長はゆっくり言葉を続ける。
「デートの代わりに・・・欲しいものがあるの・・・・・」
代わりに欲しいもの・・・・・?
「・・・・何ですか?」
「貴方が私に本気で贈ってくれるものが欲しい・・・・」


本気で贈ってくれるもの・・・・今の俺が佐藤課長に贈れる物なんて・・・・・。

佐藤課長が笑顔で振り返り、考え込んでいる俺に言った。
「今すぐじゃなくて良いの!何にするか死ぬほど考えてから決めてね!!」
イタズラっぽくクスッと笑いホールに向かい再び歩き出す。





俺は立ったまま佐藤課長の後姿を見つめ、・・・・決心する。
小さく深呼吸して・・・・贈る。






「もし、佐藤課長が窮地に立たされることがあったら、願い事一つだけ・・・叶えます。」






佐藤課長は振り向いて・・・綺麗な瞳が俺を映す。

「その時俺に出来ること・・・何でもしますから・・・・・・」
「井原君・・・・」

今の俺には何の力もないし出来ることは少ない。未来の俺だって
あんまり自信はないが・・・・。
それでも俺の手を必要だと言ってもらえる時がきたら・・・俺に出来ること何でもしよう・・・。
「約束します」


佐藤課長は少し潤んだ目を細めて微笑んだ。
「・・・・・・ありがとう・・・・・」





そしてニヤっと意地悪そうに笑って
「じゃあ結婚でもしてもらおうかな!」
と、言った。
「・・・いや・・・その・・それは出来ない部類の願い事で・・・」
俺はしどろもどろになり・・なんとか答える。
「何よ!あてにならない約束ねぇ!」
楽しそうに笑う佐藤課長。

俺はこのネタでしばらく遊ばれた・・・・・。






今はこんな俺だけど
いつか、自分の大切な人達の力になれるような、そんな自分になれたらと・・・そう思う。









次の日、比較的早めに仕事が終った。現在夜9時。
俺は帰り道、酒屋でビールと日本酒を買って久しぶりにゆっくり
晩酌を楽しもうと足取りも軽く独身寮への道のりを歩く。



・・・と寮の門の前に人影が・・・・・誰だ?

少し警戒しながら近づいていくと・・・・・・・・げっ!!

独身寮をボーっと見つめている男・・・その横顔を見て俺はゲンナリした。

二度と会いたくないし会うこともないだろうと思っていたその人物。



西園寺政幸・・・・・俺を殺しかけた男だ。


俺が西園寺だと気が付いたと同時に西園寺も俺に気が付き笑いかけた。



俺は何も言わずクルッと向きを変え、来た道を引き返す。



「井原さん!!井原さんってば!!」
西園寺は俺を呼びながら走って追いかけてくる。

関わりあいたくない!!俺も走りながら逃げる・・・・・・が追いつかれ
肩を掴まれ仕方なく立ち止まる・・・・。ちっ!

「・・・に・・・逃げるなんて・・・ひどいですよ・・・語り合った仲じゃないですかぁ・・・」
息を切らし俺の前に立ちはだかりながら言った。
ひどいことしたのはそっちだろ!!心の中で反撃。

「・・・・なんで俺の住所・・・わかったんですか?」
「何でって・・・君飲んでる時名刺くれたし・・・住所も教えてくれたじゃないですか」
ああ・・・・俺のばかばか!!何でこんな奴に・・・・・とほほ・・・。


観念しよう・・・こりゃ・・・自業自得だ・・・。
「俺に何の用ですか?」
めいっぱい嫌そうな表情を作り尋ねる。

西園寺はポケットから封筒を取り出し俺に差し出す。
綺麗な花柄模様の封筒・・・・・・西園寺・・・お前にこの封筒・・・似合わないよ・・・。
そう思いながら受け取り、あける。
同じ模様のカードが入っており、内容は・・・・・誕生日パーティーの招待状。

「私の37歳の誕生日を祝って、ささやかながら
パーティーを開催します。ぜひぜひ君にも来て貰いたくて・・・・」
「何で俺が!!」
行きたくない!積極的に行きたくない!断じて行きたくない!
「政子さんが君に会いたがっているんです」
政子・・・・ああ、こいつを好きだっていう物好きか・・・・・・・え?
「何でその・・・政子さんが俺なんかに会いたがるんです?面識ないのに・・・」
「君の話をしたらどうしても会ってみたいって言うんです!」
憎らしいほど幸せそうな笑顔を見せる西園寺・・・・。

「じゃあ、私、近くにハイヤーを待たせてますので・・・」
そう言って西園寺の野郎は去っていった。




ちょっと待て・・・・
俺の人生・・・そんっっっなに・・・・・・面白いのか?
誰か・・・・教えてくれ・・・・。





この一通の招待状。
これがまさか俺の人生を狂わすだなんてこの時点では
考えもしなかった。

西園寺政幸・・・・こいつが運んできたのは

不幸の星と・・・・・そして・・・幸せの星・・・・・。


業務連絡→俺、料理も出来ますよ!いかがっスか?(開き直りモード)


2001.4.6  次ページへ

(ちょこっと後書き)
はぁ〜・・・・いよいよ次からタイトルになってる「幸せの星」を書き始めます・・・・・。
ああ・・・やっとこの妄想の世界・・・先が見えてきたぞ・・・・(汗)。
幸太は「こんな奴が側にいたら良いな・・・」という人物を想像して書いてます。
こいつと友達になりたい・・・と思って頂けたらすごく・・・嬉しいです。(泣)
こいつ旦那にしたい・・と思って下さる慈悲深い女性がいたら・・・・・マジ、泣きます。