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(4)優しい空間(後)

入社3年目にして窓際か・・・・・・。

「っつーかここ窓もねぇっちゅーの!!」

・・・一人ボケ・・・一人突っ込み・・・・・・・しかも寒いギャグ・・・さ・・・寂しい・・・・・。

だだっ広い地下室。ここには過去の書類だの備品だのが大量に保管してある。
会社の倉庫みたいな所だ。

その部屋の隅っこに俺の机がポツンと置いてある。
俺は机の上に座り周りを見渡す。
他に仕事で使用するような物は何も存在しない。
電話もないでやんの・・・・。




本日付で倉庫管理室勤務を命ず






「その名の通り倉庫を管理する部署・・・芸がない部署名だな!!もっと真面目に考えろ!」

『倉庫管理室』という部署は今までなかった。


人事部部長・・・宮田さんが俺のために新しい部署を作ってくれたよ・・・。
いくら恨みがあるからってここまでやるか?職権乱用もいいとこじゃねえか!

もちろんこの部署には俺しかいない。

やっぱどう考えたって・・・あの一件の・・・仕返しだよな・・・これって・・・・。



そんな考えごとをしていたらドアが開く音がした。

「井原!!」
渡瀬先輩がすごい形相で俺の所に走ってきた。

「やっぱり・・・本当・・だったんだ・・・・辞令が出たのって・・・」
走って来たせいか息を切らして苦しそうに話す。
「はい」
「くっそ〜・・・あの変態親父・・・・」

渡瀬先輩・・・たぶん責任を感じているんだろう。
俺への申し訳なさと宮田部長への怒りと・・・・やりきれないような
顔で俺を見る。
「ごめん・・・井原・・・・」
「先輩があやまることじゃありませんよ」

渡瀬先輩、怒りに声を震わせながら言葉を吐く。
「俺・・・あの親父・・・ぶん殴ってくる!!」

俺はため息をついて忠告する。
「渡瀬先輩・・・俺のことはとりあえず・・いいですから・・・・幸村さんに
気を使ってあげて下さい」
「・・・・・・わかってる・・・この辞令のこと聞いて・・・泣いていた」

幸村さん・・・・この会社に嫌気がさしてるんじゃないだろうか・・・。





・・・・・・・・嫌な予感がする。
「先輩!」








幸村・・・・藍ちゃんが人事部長室のドアの前で蒼白な顔色で立っている・・・。
やっぱり井原の言った通りだ。
藍ちゃんの手がドアをノックしようとした直前に俺、声をかける。

「藍ちゃん!」

かなり緊張していたらしくいきなり声をかけられ体をビクッとさせ
俺の方を見る。
「渡瀬さん・・・・」


俺は藍ちゃんの手首を軽く掴みエレベーターホールの隅まで連れて来た。
「宮田部長の部屋に何の用だったの?」

藍ちゃんは今にも泣きそうな顔をうつむかせ・・・小さな声で言った。
「だって・・・このままじゃ井原さん・・・私のせいで・・・」

ハァ〜・・・やっぱり・・・・俺大きなため息をつく。
自分を犠牲にしてでも・・・・てやつか・・・。
「そんなことしてあいつ喜ぶと思っているの?」

俺の言葉を聞き・・・藍ちゃんは・・・とうとう泣き出してしまった・・・。
「井原は大丈夫だよ・・・・・あいつ、なんだかんだ言ったって運がいいから・・・」
あまり説得力ない慰めの言葉だけれど今はこんなことしか言えない。
俺の胸の中で声を殺して静かに泣いている藍ちゃんを軽く抱きしめ
「何とかするから・・・」・・・としか言えなかった。






俺、自分で思っているより・・・・・もしかして・・・落ち込んでいるのかな・・・・・。

机の上に寝そべって天井を眺める・・・・・。

心が重い・・・。

ヤバイ・・・・本当に落ち込んできた・・・・。
たった一人でこの倉庫に閉じ込められる日々が続くのかな・・・・。

窓際どころか人生の瀬戸際みたいな気分になってくる・・・・。


俺・・・今度こそ・・・絶対絶命・・・・か・・・なぁ・・・・。











「井原君〜!そんなに無防備に寝てたら、また襲っちゃうわよ!!」
耳元で声がしてビックリし目を開ける。
目の前に佐藤課長の顔があり・・・・・俺固まる。

「・・・この状況で居眠り出来るなんて貴方大物になるわよ・・・・」
クスクス笑って机に寝転んでいる俺を見下ろす。



俺は慌てて起き上がり机から降りる。
「あの・・・イス・・・どうぞ・・・」
一つしかないイスを佐藤課長に勧める。
・・・顔が引きつり笑いになってしまう・・・・・どうもこの人と2人きりだと
反射的に危険を感じてしまう。


佐藤課長は勧めたイスには座らず机に足を組んで座った。
「井原君・・・貴方いったい何やらかしたの?」
「・・・・・・はぁ・・・実は・・・」




「・・・なるほどね・・・・・」
事情を全て説明し、それを聞いた佐藤課長・・・・・何やら考え事をしている。
俺は黙ってそんな課長を見つめながら突っ立っていた。

しばらくして・・・

「あの人のやりそうなことよね・・・・」
佐藤課長はため息をつきながらボソッと言った。

そしてニヤっと微笑んで俺の顔を見て思いがけない言葉を言う。
「・・・何とかしてみる」

・・・へ?・・・何とかって・・・・どうやって?
不思議そうに首をかしげている俺に今度はニッコリを笑って
「上手くいくかはわからないけれど・・・・とりあえず私に任せて!!」

そう言ってピョンっと机から降りた。
何が何やらわからずボーッと立っている俺。

「じゃあね!」
そんな俺にかまわず佐藤課長は部屋を出て行った。
・・・・・と、またドアが開き、佐藤課長がヒョコッと顔だけ出して
「上手くいったらデートしてね!!」
・・・・と、恐ろしい言葉を残して今度こそ・・・去っていった・・・・・・。








そして・・・一週間後・・・・。


また時期外れの人事異動。

またしても対象者は・・・・俺。







俺は私物の入ったダンボールを抱えて佐藤課長の席の前に立った。
「あの・・・・」
「あ、貴方の席は1番隅よ。この課では1番の若手だからね!」
何事もなかったかのように普段通りの佐藤課長。

新入りとしてみんなに紹介され・・・・・・。


俺は指定された席にダンボール箱を置き・・・・胸ポケットに入れていた
辞令を見つめた・・・・。

井原幸太   本日付で 商品開発部 企画課勤務を命ず


・・・・・何なんだ・・・・・この展開・・・・。







「かんっぱーい!!」
その日の夜。渡瀬先輩と幸村さんがささやかに
『倉庫脱出おめでとう会』・・・を会社の側の飲み屋で開いてくれた。

3人だけのおめでとう会!

2人ともとても喜んでくれて・・・幸村さんなんて乾杯の『ん』の所で
嬉し泣きしていた。

「ありがとうございます!」
俺、佐藤課長との経緯を考えると手放しには喜べないけれど・・・・・・
まあ、あそこから出られたことは・・・嬉しい。

渡瀬先輩はビール・・・中ジョッキ3杯目に突入。
「一時はどうなることかと思っていたよ!!」
・・・・渡瀬先輩も心配してくれていたんだ・・・・・すごく嬉しそうだ・・・。
今まで悪魔だなんて呼んでてすみませんでした・・・・・。




「しっかし、これでまたお前のお笑い人生にネタが一つ追加されたな!!」
・・・・やっぱり悪魔だ・・・この人・・・。



そして渡瀬先輩・・・少し真面目な顔で言う。
「でも不思議だよな・・・この人事異動・・・誰が助けてくれたんだ?」
「・・・さあ・・」
俺は佐藤課長のことを秘密にした。・・・実際課長が何をやったのか・・・知らないし。

不安は残るけど今日は楽しもう!!




・・・俺は楽しげに話す渡瀬先輩と幸村さんを見ながら・・・・
『この2人・・・・なんだか・・・いいなぁ・・・・』
と思う。見ていて俺まで幸せな気持ちになってくる・・・。




優しい空間・・・・・・。




俺もそんな空間を・・・・好きな人と作りたいなぁ・・・・・!!





店を出て、夜空を見上げる。都会の星空・・・・そんなにたくさんの星は
見れないけれど今日の俺にはとても綺麗に見えた。

「井原〜!!もう一件寄っていこうぜ!!」
少し先を歩いてた渡瀬先輩達が俺を呼ぶ。



渡瀬先輩、今日は徹夜で飲むつもりだな・・・・・。

もう結構酔っ払っている先輩、両手を上げて
「今日はとことん飲むぞォォォォォ!!」
・・・と叫び、ポンっと俺の肩に手をおき、ニッコリ笑って一言。


「お前のおごりでな!!





・・・・・なんですと?

業務連絡→同情するなら愛を下さい・・・

2001.4.4  次ページへ