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(2)愛の形

『幸太』・・・あんたの名前はね、幸せに、ず太く生きて欲しいって願いを込めてつけたのよ・・・。

昔母さんがそう言ってたっけ・・・・・・でも母さん、この名前・・・・後半部分しか効き目ないみたいです・・・。

俺がこんな考え事するにはわけがある・・・。

財布・・・落とした・・・・。

どうやら会社に来る途中で落としたらしい。朝会社の自販機でコーヒーを買おうとして
なくしたことに気が付いた。
給料日まであと一週間・・・・俺無一文。とほほ・・・。
朝ご飯と夕飯は独身寮で食べられるから問題ないもののお昼ご飯抜きはひもじい・・・。

ガックリと肩を落として席に座っていたら同僚の小松菜奈が話し掛けてきた。
小松菜奈、同じ24歳。顔はちょっと少年っぽい、でも可愛い。いつも元気一杯で活発な奴だ。

「幸太・・どうしたの?朝から元気ないじゃん」

「財布・・・落とした・・・」
「あらら・・・あ、じゃあお金なくて困るでしょ?少しだったら私貸してあげるよ!」
こ・・・小松!お前やっぱいい女だ!!親友としか思われていなくたっていい!
俺は一生お前のファンだ!!・・と俺が小松を見直していたら
「その代わり、今日私の代わりに残業お願い!私今日飲み会でさあ・・・」
・・・・・・・小松やっぱお前そういう奴だよ・・・・。



結局小松からの借金の利子として本日残業決定。
何やらパソコンに入力しなければいけない書類が山のようにあるそうな・・・・。



そう・・・後から思えば俺はお昼ご飯を我慢すべきだったんだ・・・。
あんな目に合うくらいなら・・・・。







夜も更けてきた。あああ・・・なのにまだ半分くらいしか出来てない・・・・・。
もう9時じゃないか・・・・。未入力の書類の束を見てため息をつく。

俺はパソコンに向かいながら嘆いていた。
打っても打っても終らない・・・永遠と続く作業のように感じられる・・。

ふと・・・フロアを見渡すと人影は無く・・・・・・残っているのは俺一人か?
・・・違う、フロアの1番奥に配置されている部署、企画課の課長が残ってる。
企画課課長・・・佐藤雪子。39歳。名前でわかると思うが女性だ。
うちの会社で課長クラスの女性はこの人ただ一人。あまりたくさん話したことはないけれど
とても気さくな人だ。仕事も出来るし人当たりも良いし、部下からの信頼も厚いようだ。
すごい人だよな・・・・と俺も思う。おまけに美人だ。
独身だそうだが、みんな『高嶺の花』だと思って手が出せないのかな・・・と
考えてしまうほど綺麗な人だ。


いけね!よそ見している場合じゃない!!早く仕事終らせないと・・・・・。
またパソコンに向かって作業を始める。

しばらくして・・・・・気がつく。

あれ・・・?

ここで初めて違和感を感じる。

企画課っていつも・・・・もっと遅くまでみんな残業していたよな・・・。
このフロアで1番忙しい部署だし・・・・課長一人で残っているのなんて見たことない。

俺がこんな考え事を始めたその時、後ろから声をかけられる。

「井原君・・・・」



俺は「はい?」と言いながら後ろを振り向いた。




振り向いて固まった・・・・・・。

俺の視界に上半身下着姿の佐藤課長が立っていた。





俺、解凍するまで数十秒かかった・・・・・・・。





課長が脱ぎ捨てた上着とブラウスが床に落ちているのを確認。
じ・・・自分で脱いだんだよな・・・・・。

ここで初めて言葉を出すことに成功。




「・・・・・か・・・風邪ひきますよ・・・・・・」




ああ!俺のばかばか!何の解決にもならないこと言ってもしょうがないだろ!!
佐藤課長が俺に近づいてくる・・・ただならぬ気迫感じた・・・・・恐い!!

俺はイスからヨロけながら立ち上がり後ろへあとずさる・・・・。
佐藤課長は思いつめた顔で俺に迫ってきた・・・・。

「井原君・・・・・私・・・・貴方のことが好きだったの・・・・」



は・・・はい?今「好き」って言葉が聞こえたような・・・・。
空耳だよな・・・・・・・そうだよな・・・・!



「貴方が入社した時からずっと見ていたの・・・・大好きなのよ・・・」

とうとう窓際まで追い詰められて・・・後がない・・・。



こ・・・・・これは愛の告白ってやつだよな・・・・。
かなり普通と違うけど・・・・・。




「あ・・・あのとりあえず服を着てくれませんか?」
お!俺やっとまともなことが言えた!頑張れ!俺!



「貴方が私のことを好きだと言ってくれたら着るわ・・・」

ちょっと待て!!俺に選択権は無いのかい?

・・・でも佐藤課長・・・・マジだ・・・・顔が・・・・恐い・・・・・。
に・・・逃げよう!!とにかく逃げよう!

佐藤課長の脇をすり抜け部屋の出口に向かって走り出す。
とにかくこの場をやり過ごして安全な所で対策を練ろう!!

脱出のことだけを考えて走る俺に刺さるような言葉が投げかけられた。


「悲鳴を上げるわよ!!」



俺、立ち止まり振り返る。・・・・悲鳴?

・・・・・・まさかこの人・・・・・。



「今私が悲鳴を上げて騒いで警備員室に駆け込めばどうなるかわかるでしょ?」
・・・この状況でそれをやられたら・・・・俺が襲ったってことになるのか・・・・?

そんなバカな・・・・。実際襲われそうなのは・・・俺じゃん!!

でもフロアには俺達以外誰もいない・・・・俺の無実を証明してくれる人はいない。
・・・あ!まさか今日企画課に残業している人がいないのって・・・・


「まさか小松との朝の会話聞いててわざとこの状況作って・・・・・」
「そうよ」

即答かい!!計画的犯行だ!!


「私は本気よ・・・・」


佐藤課長がゆっくりと近づいて来る・・・・・どうしよう。
頭の中が混乱し、良い考えなんか浮かばない!!

「痴漢・・・いいえ強姦魔呼ばわりされて会社にもいられなくなるわよ・・・嫌でしょ?」
そんなの嫌に決まってる!
ああ・・・きっと俺のことよく知りもしない奴らにまで「あいつならいつかやると思っていたんだ」
とか言われて女子社員からは「女の敵」とか石投げられるんだぁ!!絶対嫌だぁ!

そんなことを想像していて何も出来ず呆然と立ち尽くす・・・気が付いたら目の前に佐藤課長の顔があった。

「・・・お願いだから大人しくしてて・・・・・」

佐藤課長のやわらかくて温かい手が俺の頬を優しくなでる・・・その手はそのまま下にいき、
俺のネクタイを解き始めた。
俺はボーっとその光景を見ていた。・・・どこか非現実的な世界・・・他人事のように思えた。

身長差頭半分くらいなのでちょうど俺の顔のあたりに佐藤課長のサラサラな髪の毛の
前髪があたる。


ふわっ・・・と香水の匂いがした・・・・。佐藤課長の香水の匂い・・・・
とても良い香りで・・・・・・俺はゆっくり目を閉じる・・・・。

このまま流されてしまっても良いような気がした・・・・・。
佐藤課長、歳はかなり離れているけれど綺麗だし優しいし尊敬していたし・・・・
こんなに俺のこと好きでいてくれるんなら・・・・・。

ワイシャツのボタンが一つ一つ外されていく・・・・下を向いて目を閉じていた俺、
ふと目を開ける。





そこには・・・・綺麗な瞳から涙を落としている佐藤課長の顔があった。










・・・・・・ダメだ!

俺は強く、そう思った。

こんなのダメだ!
絶対ダメだ!



佐藤課長は本気で俺のことが好きなんだ。


やり方はどうであれ、真剣に俺に気持ちをぶつけてきた。


だから・・・・俺も真剣に答えなきゃいけない・・・・・・。


一瞬でも流されても良いかな・・・・なんて考えた自分に腹が立った。


佐藤課長のことは尊敬しているし、決して嫌いじゃない。むしろ好意を持っている。



でもそれは『愛している』・・・のとは違う。


俺はこの人を愛していない。


俺は自分の気持ちに嘘つけない。



俺は佐藤課長の腕を掴む。突然の俺の行動にビックリしたのか佐藤課長は
体を固まらせる。

「・・・やっぱり・・・ダメですよ!こんなの!」

「・・・・井原君・・・・」



「俺は貴方を愛していません」

静かに、でもはっきりと言い切った。この言葉を聞いた佐藤課長、悲しさと怒り・・・の
入り混じったような目で俺を見つめる。
チクンっと胸が痛んだけれど言葉を続ける。

「俺の話を聞いて下さい!・・・話を聞いた後で警備員呼ぼうが警察に突き出そうが勝手にして下さい!
でも・・・その前に最後まで俺の話を聞いて下さい!」

佐藤課長は下を向き俺と目を合わせない。

俺は必死に自分の気持を言葉にする。

「俺、佐藤課長、尊敬してたし、素敵な女性だなと思っていました・・・でも、その感情は
『愛』とかではなくて・・・・・・でもいい人だなって思ってました・・・・」
混乱する自分の頭を必死に整理する。

「俺達こんな形で流されちゃったら佐藤課長に対して感じていた俺の今までの感情も
歪んでしまう・・・・・・・・・!同じように貴方の僕に対する気持ちも・・・・絶対に
歪んでしまうはずです・・・・」
佐藤課長がゆっくり顔を上げ俺を見つめた・・・。


「俺は・・・そんなの嫌です」



そうだ・・・これが俺の気持ちだ。伝えることは伝えた。
後はどうとでもなれ!覚悟は出来た。




・・・・と、
佐藤課長の瞳から大粒の涙が後から後から落ちる。

「ごめんなさい・・・・・・貴方のことが本当に本当に好きだったの・・・」
佐藤課長は両手で顔をふさぎ、崩れ落ちるように床に座り込んだ。

「貴方の笑顔を見るたびドキドキして貴方が若い女子社員と話をしているのを見るだけで
嫉妬した・・・・」
泣きながら話をしているせいか言葉が震えている。

「自分でもどうして良いかわからないくらい・・・・・・好きだったの!どんな手を使ってでも
貴方のことが欲しかった・・・・」


それから悲しそうにクスッと笑った。
「もっと若ければ素直に好きだと言えたのかもしれないけれど・・・・・・いえ、年齢なんか関係なく
ちゃんとした形で伝えるべきだった・・・・・・・でも私はこんな方法しか思いつかなかったの・・・」

「・・・・課長・・・・」
「こんなことして・・・・嫌われてしまったわよね・・・」
そう言って床を見つめたまま黙り込んでしまった。

俺は、フッ・・・と小さなため息をつき、床に脱ぎ捨てられた佐藤課長の服を取ってきた。

そっと佐藤課長の肩にブラウスをかけて俺も床に座る。

目を真っ赤にした佐藤課長が俺を見る。俺はニッコリ笑って言った。
「課長みたいな綺麗な女の人に迫られるなんて経験・・・特に俺みたいなもてない奴には
めったに出来ませんから一生の記念になります!ありがとうございます」

佐藤課長は数回まばたきをし、弾けるように笑った。






佐藤課長はお詫びに夕飯をおごってくれた。
会社近くのラーメン屋。
食べ終えて店を出てきた時には11時近かった。
佐藤課長は家が遠いためタクシーで帰るという。俺はまだ充分電車で帰れる。




店の前で別れ際、佐藤課長が言った。

「まだ貴方のこと諦めたわけじゃないわよ」

そう言った佐藤課長は・・・・・とても綺麗だった。







佐藤課長と別れて駅に向かいながら今日の出来事について考えた。

「ちょこっと・・・惜しいことしたかな・・・」

クスッと笑う。・・足取りも軽く、帰ってビールでも飲むかぁ・・・・・と思い・・・・ふと気付く。



小松から頼まれていた仕事!!


あんなことがあったからすっかり忘れてた!!まだ全部入力してない!!!





それから俺は泣く泣く会社に戻り・・・・結局会社に泊まるはめになった・・・・・。

何で・・・・何で俺って・・・こんなについてないんだ・・・・・・!!







愛の形。いろんな形があるだろう。お互いが大切に育てる愛の形。
出来ることなら俺は、まあるいフワフワした愛の形を作りたい。・・・・もちろん
同意してくれる相手が必要だけど・・・・・・・・。


業務連絡→再度彼女募集中!(友達からでもOKです!)

2001.4.2  次ページへ

(ちょこっと後書き)
はははは!(汗)こりゃありがちなパターンですね!・・・・・でも、楽しかった・・・・・(汗)。
スゲー楽し〜!!・・・と思いながら一気に書いてしまいました・・・・。(汗)
こう・・堕ちそうで堕ちないって感じのノリ・・・好きなんだな!!(あ・・・皆さん・・あきれてますね・・・汗)
お仲間募集中!!←1人でやってろ!って感じですね(泣)!
あ、誤字脱字、文章変なの毎度のことですがごめんちゃい!