戻る



(1)幸せになりたい

「ちぇ・・・寒いなぁ・・・」
3月下旬なのに今日は寒い・・・いや寒いのはきっと俺の心のせいだ・・・。

一人夜の街を歩きながら暗く考える。

井原幸太。24歳。独身。童顔なため学生に間違えられてしまうが立派な社会人だ。
○×株式会社勤務の入社2年目。会社の独身寮にて生息中!

俺の今までの人生、波乱万丈だった。

だいたい誕生の瞬間からしてすごかった。
母さんが出産中、病院が火事であわや生まれたと同時に焼け死ぬところだったという・・・。

3歳の頃、俺は身代金目的で誘拐されたらしい・・・・が誘拐犯に異常になついたらしく
犯人の男が自分の子供を思い出し、勝手に反省して自首したそうだ。
親に「犯人になつくなんて節操が無さ過ぎる!!」・・・と今でも嫌味を言われる。
そんな覚えてもいないことで嫌味を言われても困る。

5歳の頃隣で飼っている大きな犬(雄)に好かれていて毎日のように熱烈ラブコールを受ける。
ある日全速力で走ってきた犬に愛情タックルを贈られ弾き飛ばされ腕を骨折即入院。
・・・それでも俺犬好き・・・。

小学校3年の頃、学校で3階の窓から誤って落ちて足を骨折。即入院。
ちょうど花壇の土の所に落ちたので足の骨折程度で済んだのは奇跡的だったそうだ。

小学校6年の時はバレンタインに初めてチョコレートもらって、しかも初恋の女の子
からだったので、有頂天になり、学校の帰り道歩道橋の階段の1番上から足を
踏み外し下まで転落。全身打撲。即入院。あげくにもらったチョコレートは親父が
食べてしまい俺泣いた・・・。

中学校2年の時好きだった女の子から告白され交際!・・・が直後彼女は転校してしまい
また独り!彼女が引っ越す当日もちろん見送りに行った。彼女を乗せた車を見えなくなるまで
見送った・・・雨が降ってきて・・・雨の中何時間も泣いていた・・・・で肺炎になり即入院。

高校3年の時付き合っていた彼女がデートの時手作り弁当を作ってきてくれて喜んで食べた・・・
が、見事に大当たり!食中毒で即入院。
彼女は責任を感じ俺から去っていった・・・「気にしなくていいっていってんのにぃぃぃ!」
・・と心の中で叫んでいたが、なにせ入院中で、激しい吐き気と腹痛と戦っていた俺は、成す術もなく
泣いた。

大学1年の時スキー同好会に入っていた俺、スキー合宿にて一つ上の先輩に告白される。
とても綺麗な人だったので嬉しいと思った俺、その日のうちに後悔する。
実は先輩女装好きの男の子!俺以外の奴らはみんな知ってて面白がって俺を騙しやがった!
先輩は実に本気でその日の夜、貞操の危機に陥るが殴り合いの攻防戦の結果何とか死守!
が・・・気付いた時には2人ともボロボロで即入院。同好会の面々も少々反省。
死ぬほど反省しろ!!


そして昨日・・・振られた・・・・いや、正確に言うと、自分が片思いだということに気付き、同時に
失恋した・・・。同じ課の同期、小松菜奈と俺は入社当時から気が合い、休日も2人で
出かけたりしていた。半年前俺は清水の舞台から飛び降りる覚悟で
「好きなんだ」と伝えた。小松菜奈も即答で「私も幸太大好き!」・・・と言ってくれた。
・・・・これで恋人同士だ!・・・と思っていたのに・・・・・。
昨日・・・小松と飲みに行き
「結婚したいんだ・・・・・・・」と言った。
もちろんプロポーズだ!大真面目だ!・・が、小松は言った。
「えええええ!誰と?誰か好きな人出来たの?やだやだ!誰々?教えてよ〜!」
俺は目が点になって固まっていた・・・。おい・・・小松・・・。
「何よ〜!親友の私にも教えてくれないの?」
親友・・・・・俺はこの一言で・・・・・全てを理解した・・・。
親友としてしか見られていなかったのか・・・俺。
そういえば・・・何にもなかったもんな俺達・・・そーゆー雰囲気にもなったことないし・・・。
それにしても気付くの遅すぎか?俺・・・。



で、今日会社帰りに独りでヤケ酒を飲んでいる。新宿の飲み屋。初めて来る店だ。何も考えず
ふらっと入った。安い居酒屋って感じで店内も小汚い。でも今の俺にはとても落ち着く空間だ・・・。
その一番奥のカウンター席に座って日本酒なんぞを飲んでいた。

・・・と、ふと、隣に座っている、男が目に入った。
いいスーツを着ている・・・年は・・・35〜6、体つきはがっちりとしているが顔は気弱そう。
どっかのお金持ちの後継ぎ息子っぽい男が思いつめた面持ちで手に持った封筒を見つめていた・・・・・。
俺はその封筒に書かれた字を見て・・・・・血の気が引いた。

『遺書』

・・・と達筆な字で書かれていた。

遺書・・・・遺書って・・・

死ぬ気か?こいつ!!

み・・・見なかったことにしようか・・・・・でも・・・・・・・・。

俺は自分の・・・・この性格を呪った。・・・ほおっておける・・・わけがない。


さりげなく、さりげなく声をかける。

「あの!お一人で飲んでいるなら一緒に飲みませんか?」
できるだけ陽気に、明るく、元気に声をかける。
男はビクッとし、封筒をポケットにしまった。ぎこちない作り笑いを浮かべ
「・・・はい・・・いいですけど・・・・」
と言った。
「俺、井原幸太っていいます!よろしく!!」
「・・・僕は西園寺政幸といいます・・・」
・・・声をかけたはいいが、どうする?・・・この先。
この男がどんな理由で死にたいと思っているのかわからないが・・・・
思い止まらせるには『世の中悪いことばかりではないさ!』・・・と
思わせれば・・・・・でも・・・俺はこれをテーマに説得力のある話をすることが
出来るのか?だいたい俺は昨日救われない失恋をしたばかりなんだぞ?
俺のほうこそ誰かに助けて欲しいのだ!!


気が付いた時には俺は泣きながら今までの人生について男に語っていた。
かなりのお酒も飲んでいたし、何が何だかわからなくなっていた。
男は静かに俺の話を聞いていた。時折優しげな笑顔を浮かべて・・・・。
ぼんやり思う、ああ・・・笑顔が出ればもう安心かな?この人、もう死ぬなんて
考えないだろう・・・・・。ここでいったん意識が途切れる・・・・。

次に気が付いた時、ベットの上だった。・・・ベッド?俺の独身寮は日本式敷布団(?)だぞ?
ゆっくり体を起こす。頭ががんがんして辛い!部屋の電気はつけっぱなしだ・・・まぶしい。
あたりを見渡す・・・・。どこかの高級マンションの一室・・・て感じの部屋だ。
壁の時計が目に入る。2時・・・窓の外は暗い。夜中の2時か・・・・・。

ボーっとそんなことを考えていると部屋のドアが開く。
「・・・あ、気が付きましたか・・・」
この男・・・・・・・・・・あ!!
そうだ!!西園寺・・・なんだっけ?・・・こいつと飲んでて・・・俺酔っ払って・・・・。

ようやく思い出した。うわぁ・・・酔って寝ちゃったんだ!俺・・・・。
と、いうことはここはこいつの部屋か・・・・やっぱお金持ちなんだ・・・。


「俺・・・すごい迷惑かけちゃいましたね・・・・・すみません」
自分の顔がカァっと赤くなるのがわかる。恥ずかしいな・・・俺。


西園寺はゆっくり近づいてきてベッドの側まで来た。

「君も・・・・辛かったんだね・・・・」

一瞬何を言われているのかわからなかったが・・・ああ、飲んでいろんな話をしたんだっけ・・・。
失恋したって話もしちゃったなぁ・・・・。あ〜あ・・・・。
俺は頭をかいて苦笑いをする・・・・。

「でも大丈夫・・・・もう辛いことからも解放されますから・・・」
「はぁ?」
何言ってんだこいつ・・・。

「今遺書に誤字を見つけたので書き直してたんです・・・・もう少し早く書き終えていれば
君は寝たまま苦しまずに済んだんですけどね・・・・・」
遺書・・・て・・・・あ!


まさかこいつ・・・!


そう思った瞬間、西園寺は俺の首を絞めながら覆い被さってくる。
ベッドに押し倒された形になり、俺は懸命にもがくが逃げられない。
すごい力だった。ただでさえ小柄な俺、大柄なこの男を押しのけることさえ出来ない。

「一緒に死んで下さい!!一人で死ぬのは寂しくて寂しくて・・・・でも君が一緒なら
私も寂しくないです!!私も後から必ず行きますから」
泣きながら興奮した西園寺の声が聞こえる・・・が、こっちはそれどころではない。


息が出来ない!!


苦しい!


嫌だ!


死ぬなんて冗談じゃない!!


まだやりたい事だって食べたい物だってある!・・・結婚だってしてみたい!!


エプロン姿の奥さんが「あなた〜お帰りなさい〜」・・・なーんて言いながら
笑顔で出迎えてくれる・・・ちくしょう!!良いな!・・・・・・夢見ちゃ悪いか!!


今まであんまし、いいことなかったけど「きっと幸せを貯金してるんだ!」って思って
健気に生きてきた俺なのに・・・

よりによって男と無理心中!っていうのは神様ひどすぎ!


絶対に嫌だぁぁ!!


意識が遠のきかけた時・・・・気の抜けるような音楽・・・・隣の部屋から携帯電話の着信音が聴こえた。


西園寺は俺の首を絞めていた手を放し、携帯電話めがけてダッシュして行った。


た・・・・・助かった・・・・・!


俺、必死に酸素を吸う・・・・・!



酸素をほおばって一息ついた俺。・・・がまだ危機は過ぎ去ってはいなかった!
俺の視界に携帯電話での話を終えた西園寺が今度は俺めがけてダッシュしてくる姿が見えた。


ダメだ!!今度こそ殺される!!


そう思い目をつむる!・・・・・が、西園寺の行動は予想に反していた。


ぎゅうううう!

西園寺は俺を思いっきり抱きしめていた。
そして泣きながら嬉しそうに言った。

「政子さんが結婚してくれるって言ってくれたんです!!!」



政子?・・・誰・・それ?




西園寺はベッドの上で正座し、俺もつられて姿勢を正し向かい合った状態になった。

西園寺は涙と鼻水を流しながら話し出した。

やっぱりこいつは大層立派な家柄のお金持ちだそうで・・・。

死のうとした原因はこの「政子」さんという恋人に振られたからだ。

でも実は政子さんは西園寺の母親に「あなたは当家の嫁にはふさわしくない」
・・・要するに身分違いってことか・・・・みたいなこと言われて泣く泣く身を引こうと
決意し理由も告げず別れた。

・・・でもやっぱりあきらめられず全てを話し一緒に戦って欲しいと
かけてきたのがさっきの電話。・・・・・・ふぅ〜ん・・・・・・・。

西園寺は本当に嬉しそうに泣いている。そりゃ嬉しかろう・・・。

「世の中悪いことがあれば良いこともあるのさ!だから君も頑張りたまえ!!」
満面の笑顔でこう言い放ちやがった!

俺、段々腹が立ってくる・・・・・・そうだ俺には腹を立たせる権利がある!

なにせ殺されかけたんだからな!

「ああぁ・・・夢のようだ・・・・・君、悪いが頬をつねってくれないか・・・?夢のようでとても信じられなくて・・・」

俺、絶好の復讐の機会を与えられた。ふふふふふふ・・・!

なにせ殺されかけたんだからな!!

俺は怒りのエネルギーを全て自分の右手に込めて力いっぱい西園寺の頬をつねった。

なにせ殺されかけたんだからな!!!


夜中の高級マンションに男の不気味な悲鳴が轟いた。




俺、独身寮までタクシーで帰った。当然タクシー代は西園寺の馬鹿野郎からふんだくった。
警察に突き出さなかっただけでもありがたく思え!!



自分の部屋に戻ると夜中だというのに先輩が尋ねてきた。

渡瀬悟、25歳。1コ上の先輩だ。配属部署は違うが、部屋がお隣さんなのでよく遊びに来る。
俺にちょっかいを出すのが楽しいそうだ。

「お〜い!遅かったな!デートか?」
笑いながらビールを差し出す。受け取りながら答える。
「違いますよ・・・・」

コタツに入ってビールを飲みながら今日の出来事を話した・・・・話し終えて、
話さなければ良かったと後悔する。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃぶひゃぁ」

渡瀬先輩は飲んでいたビールを噴出し泣きながら笑い続けた。
俺・・渡瀬先輩を睨みながら唸る。
「・・・そんっなに俺が殺されかけたのが面白いですか?」

「だって、おめーそんな経験めったに出来ないぞ〜・・ぶはっ!
男に無理心中迫られたなんて!!くくく・・・!」

俺だんだん落ち込んでくる・・・・・そうだよ・・・なんで俺ばっかこんな目に合うんだよ・・・。
昔から・・・神様に嫌われてるのかな・・・・・。
真面目に落ち込み始めた俺を見て渡瀬先輩はめずらしく慰めの言葉を言い始めた。

「まあ、そう落ち込むなよ・・・確かにお前は危機的状況に陥る事が多いけれどさ
いつも見事に生還してくるじゃないか!!これはもしかしたらとんでもない
ラッキーボーイなのかもしれないぜ!!」

ラッキー・・・・なのかな・・・。そういわれてみればそうだよな!いつも危ない目に合っても
助かってるもんな!運が良いのか!俺もしかして神様に愛されてんのかな・・・!


俺復活!笑って先輩に言った。


「そうですよね!俺ラッキーなんですよね!」


先輩はそんな俺を見て満足そうに言った。
「本当にお前って単純だな!」

そしてニッコリ笑いながらこう言いやがった!

「んなわけねえだろ!お前ほど運が悪い奴そうはいないぜ!!」
先輩・・・実に楽しそうに笑っている。


・・・この・・・悪魔!!


いつか見てろ!俺だって!!


絶対幸せになってやる!!


業務連絡・・・・彼女募集中!!

2001.4.1  次ページへ