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君の心に花束をA


「夏休み?」
「うん。どこか行きたい所あるかい?」

夕食を食べながら秀治は夏休みの話しを切り出した。
8月に1週間ほどまとめて休みが取れそうなのだ。

ゆずは遠慮しがちに・・・でも、とても嬉しそうに言った。

「チロが一緒に行ける所ならどこでもいいよ」
「もちろんチロも連れて行くよ。ペット同伴できる宿泊施設探そう」

2人の側でやはり夕食を食べていたチロ、自分の話題だとわかり食べるのを中断し秀治の顔を見つめていた。
その目は『ボクも一緒に行けるの?』・・・と期待している目だった。







ゆずは現在、生活の全てを秀治に頼っている状態だった。
同居する時自分の生活費はきちん入れようと思っていたのに
バイトが続かず結果的に頼らざるをえない状態になってしまっている。
ゆずの心は秀治に対して申し訳ないという気持ちで一杯だった。
自分は秀治の家族でも何でもない。他人なのだ・・・。
それなのにこんなに甘えてしまっている自分が嫌だった。
自分はお荷物になっているのではないか・・・そう考えるだけで悲しかった。
だからゆずは家事や秀治の身の回りのこと、自分に出来ることを懸命にやった。


秀治はそんなゆずの気持ちを察していた。『そんなこと気にしなくて良いのに・・・』
そう思っているが、いくら秀治にそう言われてもゆずの気持ちは納得出来ないだろう・・・
そのこともわかっていた。
不器用な秀治なりに知恵を絞ってゆずの気持ちを和らげようとしていた。
秀治が何か頼みごとをするとゆずはホッとしたように引き受けてくれる。
「面倒だから・・・」と言って、お金の管理をゆずにお願いした。
もっと自由に生活して欲しかったからだ・・・・。
それでもゆず自身のためには少しもお金を使おうとしないので
何かにつけて買い物に連れ出し、ゆずに似合いそうな服や欲しそうな物を懸命に
考えやんわりと勧めてみたりもした。

そうしてみてやっと買い物をするゆず。
ぎこちなく微笑みお礼を言う彼女を見てその度秀治はもどかしくなる。
『ゆずの心が覗けたら何とかしてあげられるのだろうか・・・』
そう考えもした。

秀治には以前人の心に触れられる不思議な力があった。
自分では思うように使えない力だったが時折人の心の声を聞き取ることが出来た。
1年前、自分の能力を超える力の使い方をしたせいでその力は燃え尽きてしまったようだ。


「あれから1度も心の声を聞きとれない・・・・」
そのことをゆずに伝えた時彼女はどこかホッとした様子だった。
それは秀治にとって幸せなことなのだとゆずは思っていた。
秀治自身もそう感じていた。

ただ時々その力に頼りたくなる時もあった・・・・・。











秀治は時々同じ夢を見る。

状況は違っていてもいつも結果は同じ。・・・・・・救えない。
「助けて・・・」と言う彼女を必死に助けようとするがいつも救えない・・・・・・・・。

大切な人を救えなかった・・・・そのことは今でも秀治を責めたてる。

そんな辛い夢でも・・・・・それでも由理香に会えるのは嬉しかった・・・・・・。





「おじさん!!」
肩を揺すられ眠りから覚める。
秀治は和室にあるテレビを見ながらいつのまにか机に突っ伏しうたた寝をてしまっていた。
心配そうに側に座り秀治の顔を見ているゆずが視界に入り秀治は慌てて笑顔で言った。

「いつの間にか寝ちゃってたんだなぁ・・・」
「おじさん・・・うなされていたよ・・・」

秀治は自分の目が涙ぐんでいるのに気が付き手で目を擦った。

「・・何でもないから・・・。そろそろ寝るよ・・・」
少し微笑み、そう言って秀治は自分の部屋へ向かった。

部屋に残されたゆずは寂しそうにうつむいた。
秀治が見ていた夢がどんな夢なのかゆずにはわかっていた。
この世のどこにもいないのに、今でも秀治の心に大切に大切に
存在し続ける女性。

辛いなぁ・・・ゆずは胸が痛んだ。

ゆずがしゅんぼりしているのにチロが気付きゆずの所にやって来た。
ゆずの側に腰を下ろし頬を舐める。

チロにそうされて自分が泣いていたことに気が付く。

ゆずはチロに抱きつき声を殺して泣いた。

「おじさんの力が無くなってて良かった・・・」
ゆずは心底そう思った。もし・・・もし今の自分の心の声を聞かれたら・・・・・
考えただけで恐かった。


いつも全身で秀治への気持ちを表していたゆずだったが
ずっと側にいられるだけで・・・それだけでも良いと思っていた。

でも今はそれ以上のものを強く求め始めている・・・そんな自分の心を
ゆずは隠しておきたかった。





一方秀治はベッドで横になり眠りに付く前にぼんやりと考え事をしていた。

自分が持っていた力が人を殺すことが可能なものでなくて良かった・・・。
そう思った。もしそんな類の力だったら間違いなく由理香を死に追いやった
奴を殺していた。

そして多分・・・自分自身も消していただろう。



「・・・それも良かったかもな・・・・」

そう言って目を閉じた。
徐々に襲ってくる睡魔に身を任せて眠りに落ちて行った。

2001.5.2