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命の刻

世界中の時が止まる。
賢一はそっと目を開けた。


動きを止めた男の姿が目に映る。
引き金を引き切る直前で止まった指。
その動作が少しでも早ければ撃たれていただろう。

賢一は大きく息を吐いた。

体中からどっと安堵の汗が出る。

「勝負に勝った・・・・」
ようやくその実感が湧いてくる。
体を起こそうと動いたら、色んな所が痛んだ。
顔をしかめながら立ち上がる。

男は立ったまま、先ほどまで賢一の頭があった場所を拳銃で狙った姿で止まっている。
その顔は勝利を確信し高揚している物だった。



賢一は男の頭を手でパコンと殴った。

「めちゃくちゃ痛めつけてくれたお礼だ!」


・・・・さて・・・・ここからが大変だ。
賢一は気合を入れ男の体を抱えて引きずり出した。

「・・・お・・・重い!!」
ちくしょう!
なんて重いんだ!

心の中で文句を言いまくる。
今まで生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っていたのだ。
文句ぐらい存分に言わせて欲しい。


建設現場を後にしあらかじめ地図で調べておいた道をたどる。


ずるずるずるずる・・・。

男の体を抱えて歩く。男の足が地面に引きずられる音。

休むわけにはいかなかった。

賢一には1時間しかない。

その時間が終わればおしまいだ。

そして・・

やっと目的の場所が見えてくる。




交番。






交番には警官が2人いた。
一人は机に座って書類を作成している姿勢で止まっている。
もう一人は外で立っていた。

賢一は男を引きずったまま交番へ足を踏み入れた。

そして男を立ちポーズで置いてコートのポケットからあらかじめ用意していた
手袋をだし手にはめる。

まず、男の腕を掴み力を込めて下に下げさせた。

それから辺りを見回して・・・・布テープを発見する。

男の手首を前であわせて布テープでちょっとやそっとじゃはずれないくらいに
ぐるぐる巻きにした。
足も閉じさせ膝の辺りから腕と同様に布テープで巻いていく。

「・・・よ・・いしょっと・・・」
賢一は男を抱きかかえゆっくりと床に倒し仰向けに寝かした。


それから男の手に握られていた拳銃を
男の指紋消さないように慎重に外した。

それをそっと男の胸の上に置いた。

「・・・これでよし・・・」

そして、昨日の晩書いた封筒を男の顔の上に置いた。

封筒の中には警察あての手紙が入っている。
この手紙には賢一が知る限りのことが書かれている。
城ノ内裕二にこの男を会わせれば『殺し屋』だということもわかるということ。
拳銃も持っている。
調べられたら他にも色々と出てくるだろう。
あとは警察にまかせるしかない。


しゃがんで男の顔をしばらく見つめ・・・ため息をつく。

「・・・なんとか間に合ったな・・・」

あとどれくらいで時間が動き出すのかわからない・・・。

『・・・早く姿を消そう・・・』

疲れきった体に力を入れ立ち上がる。
その姿は『よっこらしょ』と聞こえてきそうなものだった。

交番を出て歩き出す。
ちょっと歩いた後一度だけ振り返り心の中で『よろしく頼みますよ。おまわりさん』
と呟く。



全てのことを終えて・・・賢一は目的もなく歩いていた。

人生の『最後の場所』をどこにするか探していたのだ。

体中が悲鳴を上げていた。

さっきまでは緊張と気力で支えられていたようなものだった。

男に殴られたせいもあるが・・・ずっと体調が悪かった。

2回も大きく未来を変えた。
そのことが原因だ・・・。
代償が払えきれなくなってきている。



『今回で3回目・・・』


賢一は覚悟していた。

あの『殺し屋』を逮捕させることでどれくらいの未来を変えてしまったのか
見当もつかない。
これから先本来ならあの男に殺されてしまう予定だった人間が何人もいただろうから・・・。

『たぶん無事では済まないだろうな・・・・』


賢一の目に小さな公園が映る。



体を引きずるようにして何とか公園までたどり着いた。

隅にあったベンチに座り空を見上げる。



「さすがに・・・疲れたなぁ・・・」

賢一は微笑みながら呟いた。








結局・・・最後まで

『優しさ』も『信じる』ことも俺にはよくわからなかった

それでも

守りたいと思う人と出会えた

それだけで・・・・・



運命の時がやってきた。

25時間目の時が終わりを告げ
再び時間が動き出す・・・。







遠くなる意識の中賢一の心に優希の笑顔が浮かんだ・・・・・。

2001.9.12