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優しい人

1月1日・・・元旦の朝を迎えた。

優希は食堂でじっと待っていた。

見てもらいたくて振袖も着たのに。

おせちもお雑煮も準備万端なのに。

賢一だけがいない。

一晩待ち続けたが結局賢一は帰って来なかった。

部屋からは荷物もなくなっていたし、駐車場から車もなくなっていた。

アパートに電話しても誰も出ない。

今にも泣きそうな瞳でうつむく優希。

ジョルジュは優希を慰めるように寄り添っている。

そんな優希を見ていると八重子の胸は痛んだ。

『賢一殿・・・今どこにいるんじゃ?一体どうされたんじゃ?』
八重子は昨日賢一の部屋で見つけた紙切れを見つめる。







八重子の瞳が何かを決意する。
「お嬢様!ジョルジュ!ばあやについてきなされ!!」

突然、八重子は号令をかける。

驚き、きょとんとする優希。
「ばあや?」
「お嬢様。待っているだけじゃ欲しい物は手に入りませんぞ!
愛しい男のことを簡単に諦めたらいかん!」

優希の顔が真っ赤に染まる。
「・・・ばあや・・・」
「時には押し倒すくらいの勢いがなければいけませんぞ」
そう言ってニヤリと笑う。

「さ、参りましょう。賢一殿を探しに・・・」
「ばあや・・・」
「ジョルジュも手伝っておくれ!!」
八重子は胸をはって歩き出す。
ジョルジュはやる気満々で八重子の後をついて行く。

優希は少し戸惑っていたが・・・・・意を決した。
顔を上げ八重子の後を追う。

その瞳は希望に満ちていた。


八重子は隣の部屋にいる警護の人間を呼んだ。
昨晩の若い男だ。
「どうしたんですか?」
「出かけるんじゃよ。車で行きたいんじゃ!運転を頼む」
「初詣ですか?」
「うんにゃ。捕まえに行くんじゃよ」
「?何をです?」
「・・・愛をじゃよ」
八重子はニコッと笑った。

















ああ・・・温かいな・・・。

ここがあの世って所かな・・・。
あまり日頃の行いは良い方じゃなかったから天国に行けないかもな・・・。

それにしても本当に温かいな・・・。
っていうか・・・何だか重いぞ・・・。
重くてあったかい物が俺の上に乗ってる。
それに・・・何だ?この感触・・・・。
頬をちょっとざらざらした舌で舐められているような気が・・・・。
しかも耳元では荒い息づかい・・・。

賢一はそっと目を開ける。

「わぉん」
目の前に出現するジョルジュの顔。
「え?あ?ジョルジュ??」




ベンチで座って寝ていた賢一を発見したジョルジュ。
嬉しくて飛びかかり押し倒して乗っかって思いっきり甘えていたのだ。
「ジョルジュ〜!!こら!舐めるな・・・・・!」
賢一は何が何だかわからずとにかくジョルジュの愛情タックルから逃れようともがいていた。




その時

「ジョルジュ〜!」
と、少し離れた所からジョルジュの名を呼ぶ声がする。

その声に賢一はハッとした。

ジョルジュも声の方へ顔を向けベンチを降りて走り出す。

ジョルジュから解放された賢一は体を起こし声の主を探す。

公園の入口から、息を切らし走り込んで来る優希の姿を見つけた。
そのすぐ後ろを懸命についてくる八重子の姿もあった。


2人の元へ駆け寄るジョルジュ。
「ジョルジュったらいきなり走り出すんですもの・・・」
少し苦情を言いながら微笑みジョルジュの頭を撫でる優希。

綺麗な振袖姿だった。

その姿がとても綺麗で・・・
賢一はぼんやりと見つめていた。

優希の視線が動き・・・・澄んだ瞳に賢一が映る。




「・・・賢一・・・様・・・」
優希は目を見開き、小さな声で賢一の名を口にした。
そして目に涙を浮べて駆け出した。

賢一も立ち上がり駆け出す。

着物なので走りずらくて、よろけて転びそうになった優希を駆け寄った賢一が受け止めた。

「大丈夫か?」
賢一に支えられ顔を上げる優希。
その瞳から涙が零れる。
「・・・賢一様・・・よかった・・・・また会うことが出来て・・・」
本当に嬉しそうに微笑み、優希は賢一を抱きしめ胸に顔を埋めた。

「お・・・お嬢ちゃん・・・」
賢一は戸惑いながら行き場のない自分の両手を宙にさ迷わせる。


「賢一殿。女を泣かせた責任はとらなければな」
ジョルジュを連れ、のんびりと2人の元へやって来た八重子が賢一を見上げ目を細めて微笑む。

「婆さん・・・・・」
「賢一殿。心配しましたぞ」
「何でここが・・・」
八重子はフッと笑い例の紙切れを見せた。
破いて燃やした殺し屋からの『招待状』・・・。

「燃え残ってたのか・・・・」
賢一は苦笑いする。
「ここに書かれたことを頼りに探し回ったんじゃ・・・」
探し始めたのは朝からで・・・今はもう日も暮れ始め辺りは薄暗くなってきている。
賢一を探す手がかりはこの紙切れくらいしかなかった。
八重子はそれに賭けたのだ。




「賢一殿・・・一体何があったんじゃ?その怪我はどうしたんじゃ?・・・・話してくれますな?」
真っ直ぐ賢一を見つめる八重子。
優希も賢一の体を放し顔を見上げる。

「賢一様・・・・話して下さい・・・」


そう言われて初めて気がついた。

「・・・俺・・・生きてる・・・・」


絶対に助からないと思っていた。
今度こそ代償として命を取られると思っていた。
それが・・・命どころか・・・どこも痛くもなければ痒くもない。


「どういうことだ?」
賢一自身事態を飲み込めていなかった・・・・。

戸惑っている賢一に優希が優しく笑いかけた。
「・・・とにかく帰りましょう。おせちとお雑煮・・・・頑張って作ったんですから食べて下さいね・・・」




警護の男は3人と1匹のやりとりを離れた所で首を傾げながら見つめていた。









城ノ内邸へ戻り、「まずは風呂にはいりなされ!泥だらけじゃ!」と八重子に追い立てられるように
バスルームに行った。
寒空の中ずっとベンチで寝ていたのだ。
体は冷え切っていた。
お湯に浸かりながら・・・・気持ちよくて生きている実感を噛み締める。

体中が痣だらけで時折痛みを感じる。
「あんなに殴られたのなんて初めてだもんな・・・」


その後傷の手当てをしてもらい・・・・その頃になると自分がとてもお腹を空かしていたことに
気がついた。まる1日何も食べていないのだ。
「夕食にしましょうね」
帰ってきて振袖から洋服に着替えてしまった優希。
賢一はちょこっとだけ『もう少しだけ見てたかったかな』と思った。


「たくさん食べて下さいね!!」
優希の嬉しそうな笑顔。
賢一が何か1つ口に運ぶ度「美味しいですか?」と繰り返す。
賢一はその都度「うん」とか「美味しい」と律儀に答えながら食べた。

お腹もいっぱいになり、八重子はお茶を入れた。
「さて、賢一殿。何があったのか話してくれるじゃろ?」
八重子の言葉に賢一は少し考え込むように間を置き、苦笑いした。

「もう少し待っていてくれないか?・・・上手くいくかどうかわからないし・・・」
今ここで話しても、もし警察が男を逃がしてしまったり罪を暴けなかったりしたら
優希達を怖がらせるだけだと思ったからだ。

八重子は少し不満そうではあったが「うむ・・・」と頷いた。

優希はじっと賢一を見つめていた。
賢一が無事ここにこうしていてくれるだけで、それだけで嬉しかった。


賢一は未来を変えた代償は一体何だったのか・・と思いをめぐらせていた。
可笑しなことにあれだけ食欲すらなかった最悪の体調はどこへやら
先ほどの食事では今までの分も食べるかのような食欲だった。


『ペナルティーがないなんて・・・考えられないよな・・・』
賢一はため息をついた。




とても疲れていたので賢一は早めに寝かせてもらうことにした。

ベッドに入ったのが9時過ぎ頃。
今日のジョルジュは夜のお供には優希を選んだようだった。


しばらくして、ふと目を覚ます。

体を起こし時計を見る。

PM11:57

のろのろとベッドから降りお手洗いに行く。

戻ってきてベッドに戻り再び寝ようとして・・・・ハッとする。

ガバッと起きて時計を見る。

AM0:02


「時間・・・動いてる・・・・・」

しばらく時計を見つめぼんやりとしていた・・・。





賢一の『25時間目』は失われた。

今回のペナルティー。

それは賢一の『力』の没収。




徐々にそのことを理解し、何だかとても可笑しくなりクスッと笑う。

一度笑い出したら止まらなくなり、賢一はお腹を押さえ気の済むまで笑った。










もしかして俺の25時間目って・・・今回のことのために持って生まれた『力』だったのかもしれない


役目を終えてその『力』がなくなった


賢一はそんな風に考えて、とても晴れやかな気持ちになった。








後は結果を待つだけ・・・。
それまでは城ノ内邸へいようと思った。


1月2日早朝。
警備をしていた警察官に連絡が入った。

優希を狙っていたあの男が逮捕された。

賢一が願っていた結果だ。

ニュースでも新聞でもそのことを伝え始めた。

でも・・・・まだ安心は出来ない。


そして次の日には新たに進展していて
ニュースで、男は他の殺人事件にも関わっている疑いがあることを伝えていた。

賢一は本当の意味で肩の荷を下ろした。


心底ほっとした・・・・・。


『・・・これで安心出来る・・・・』

その日の夕食後、31日の出来事を優希と八重子に全て打ち明けた。
あまり大袈裟にならないように話したつもりだったが・・・
話の途中から優希は体を震えさせ八重子は責めるような目つきで賢一を見つめていた。

話を聞き終え八重子がボソッと呟いた。
「みずくさいぞ賢一殿・・・」
「心配かけたくなかったんだよ」
「お前さんがかっこつけてもさまにならんじゃろ・・・」
「悪かったな・・・・どうせ俺はかっこ悪いよ」
むすっとする賢一。

優希は黙ったままうつむいていた。
自分のせいで賢一を危ない目に遭わせてしまったと思っていた。
賢一はそんな優希の様子に気がつきクスッと笑う。
「お嬢ちゃんのせいじゃないよ」
「賢一様・・・」
「悪いのは・・・・」
城ノ内裕二・・・と言おうとして言葉を飲んだ。
・・・この名を聞くのは辛いだろう・・・そう感じたからだ。
「悪いのはあの殺し屋だ」
「賢一様・・・」
優希は目を閉じて心の中で囁く。


『ありがとう・・・・』
優希の心にはどうしようもないほどの、賢一への想いがあふれていた・・・・・。





賢一様・・・・

賢一様は信じるとか優しさとか・・・・よくわからないと言っていたけれど・・・

貴方ほど優しい人はいないと私は思います・・・・。





賢一は少しの間優希を見つめ・・・八重子に視線を移した。
「婆さん。俺明日ここ出て行くよ」

八重子と優希は賢一の言葉に激しく反応する。
「賢一殿。そんなこと言わないでゆっくりしていきなされ」
「賢一様・・・・お願いです。もう少しここにいて下さい」

2人の勢いに少し逃げ腰になる。
「大袈裟だなぁ・・・会えなくなるわけじゃないんだから。それに俺にはちゃんと住む所がある。
ここにいる方が不自然だろ?」


「・・・賢一様・・・・」
優希の潤んだ瞳が賢一を見つめる。



『頼むからそんな目で見ないでくれよ・・・』
離れられなくなるじゃないか・・・・と心の中で思う。
賢一はこれ以上優希の側にいると自分の気持ちを押さえられなくなると思っていた。
優希への気持ちを認めざるをえなくなる・・・そうなる前に離れようと思った。


「・・・とにかくもう決めたことだから・・・」
そう言って席を立ち部屋に戻った。
ジョルジュは賢一の後を追う。


後に残された優希と八重子。
うつむいたまま動かない優希。
「お嬢様・・・」
「ばあや・・・私・・・・」
思いつめて切なそうに目を瞑る。

八重子はそんな優希を愛しそうに見つめ微笑む。
「好きにしたらええんじゃ」
その言葉に目を開け八重子を見つめる。
「ばあや・・・」
「もちろん心を許す男性はよく吟味しなきゃいかんぞ!
・・・・・・・賢一殿は良い男じゃ・・・」
「ばあや」
「賢一殿はきっと受け止めてくれます・・・」

カタン・・・・
優希は席を立ち八重子に微笑む。

「ばあや・・・ありがとう」
そして食堂を出て行った。



優希の後姿を見送り・・・
『賢一殿も素直になればいいんじゃ・・・・・』
と、八重子は心の中でそっと語りかける・・・。















「この部屋とも明日お別れか・・・」
賢一はベッドに寝転んで天井を見つめる。
「くぅ〜ん」
ジョルジュもベッドに上がり傍らにうずくまる。

「お前ともこんな風に一緒に寝れなくなるな」
ジョルジュの顔を撫でる。


コンコン


ドアを叩く音。
「優希です。入ってもいいですか?」

賢一は体を起こしベッドから降りる。
返事に困り言葉を口に出せない。

「賢一様・・・」
「・・・いいよ・・・鍵かけてない」

ドアを開け優希が入ってくる。
パタンとドアを閉めてそこから動こうとしない。
うつむいたまま何も話そうとしない。

「どうしたんだい?お嬢ちゃん」

優希はゆっくりと顔を上げ賢一を真っ直ぐ見つめた。
「賢一様・・・・・・私・・・」
「ん?」
「私・・・10年も待てません・・・」
「・・・へ?」
「今の私じゃダメですか?」
優希は一歩一歩賢一に近付いて行く。

「・・・お嬢ちゃん・・・?」
賢一は優希の勢いに押され後退る。

「私のこと嫌いですか?」
「いや・・・嫌いじゃないけど・・・」
「じゃあ好きですか・・・?」
「・・・それは・・・・」


トン・・・。

もう・・・賢一の後ろには壁しかない。

・・・もう逃げられない・・・。

真っ直ぐに自分を見つめる優希の瞳。
守りたかった澄んだ瞳。

賢一は・・・・観念した。

目を閉じて・・・ため息をつく。




「好きだよ」
「え・・・?」
「君のことが好きだよ!」
「賢一様」
「自分でもよくわからないほど好きで好きでたまらないんだよ!」
やけっぱちのように気持ちを吐き出した。

『俺なんかが近付いちゃいけない・・・・そう思って必死で気持ちを押さえていたのに・・・』
気持ちを曝け出してしまった・・・。

目を固く瞑っていた賢一の頬に優希の柔らかくて温かい手が触れる。

「賢一様・・・目を開けて下さい・・・」

優希の声。

賢一は恐る恐る目を開ける。

そこには
幸せそうに微笑む優希がいた。
「賢一様・・・。貴方のことが大好きです・・・」




「・・・本当に俺なんかでいいのか?」
「賢一様じゃなければ嫌なんです・・・」



賢一は戸惑いながらも優希の肩にそっと手を置く。
優希はその手の温かさを感じ目を閉じる。


賢一は
まるで生まれて初めてかのように緊張し
優希に口付けした・・・・・・。








「ラブラブじゃの」
八重子の声。


いつの間にかドアが全開していて八重子が立っていた。

「ば・・・婆さん!!あんたいつからそこにいたんだ!!」
賢一はとっさに優希から手を放し真っ赤な顔して叫ぶ。

「そうさのぅ・・・賢一殿の『好きで好きでたまらないんじゃー!』っていう大告白
のあたりからかのぅ・・・」
楽しそうに笑う。

賢一はあまりの恥ずかしさに言葉も出ず黙ってしまった。

「ばあや・・・」
優希も少し気恥ずかしいらしく頬を赤く染める。


「ところで賢一殿・・・」
八重子は賢一を手招きする。
賢一は力なく八重子の元へと足を動かす。

「・・・何だよ・・・」
「ちょっと耳を貸しなされ」
賢一は思いっきり嫌そうな顔をしてやり、それでも八重子の身長に合わせ身を屈ませる。




八重子は賢一にそっと耳打ちする。
「前にも注意したがお嬢様はまだ17歳じゃ。セックスはいかんぞ!キッスまでじゃぞ!賢一殿」
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