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君の涙

賢一は急いで優希達の所へ向かった。

城ノ内裕二が逮捕された。
実の兄である惣一を殺したというのだ。


ホテルに着き、
優希達の部屋のドアを思い切り叩いた。
「俺だ!開けてくれ!大変なんだ」

ロックが外れる音がしてゆっくりドアが開いた。

「賢一殿・・・」
姿を表した八重子にはいつもの覇気がなかった。
「婆さん・・・・」

八重子に導かれるまま部屋に足を踏み入れた賢一の目に入ったのは。

ベッドに力なく座り、既にニュースを終えワイドショーの番組になっているテレビをぼんやり
見つめている優希の姿。

賢一はその優希の姿を見て事件のニュースを見たんだと悟った。

優希は気配を感じたのかゆっくりとテレビから賢一の方へ視線を移した。
その虚ろな瞳に賢一が映った途端大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。

「お嬢ちゃん・・・・」
「どうして・・・・・?どうして大叔父様がお祖父様を殺さなければならないの?」
賢一は静かに泣き続ける優希にかける言葉を探していた。
でもそんな言葉どこを探しても見つからず・・・。


惣一は裕二に殺された。
正確には裕二が直接手を下したわけではない。
裕二に依頼され別の人間が事故に見せかけて殺した。

惣一は車に跳ねられて死んだ。
健康のために毎朝散歩をしていたいつもの道で跳ねられた。
人通りが少なくその事故を見ていた人間は車を運転し跳ねた男と
跳ねられた惣一自身だけだった。
車を運転していた男はすぐに救急車と警察を呼んだ。

優希も他の者も不幸な交通事故だったと悲しみ事故その物を疑ってはいなかった。

でも、その事故にはブレーキを踏んだ形跡がないなどいくつかの不信な点があり
警察が跳ねた本人を追求したところついに事実をしゃべり出した。


この事故を起こした男は裕二に依頼されて惣一を殺害した。
男は裕二に借金がありそれを帳消しにする代わりにその依頼を受けたのだ。







その事実を知り・・・・優希の心は切り刻まれていた。
信じていた者に裏切られた・・・
まだそんな気持ちも浮かんでこないほどショックを受けていて・・・。
・・・・何故愛していた家族が殺し、殺されなければならなかったのか
そのことが悲しくて悲しくて・・・・心が壊れてしまいそうに痛んでいた。

信じていた世界が壊れてしまった。
そう気が付いた時、初めて感じる『裏切り』の傷。
徐々に徐々に優希の心に広がってゆく・・・。

裕二の笑顔も優しい言葉もすべてが嘘。
『じゃあ大叔父様はやっぱり私を殺そうとしていたの・・・・・?』
優希の心に暗い感情が渦巻いていく。
その瞳に初めて憎しみの色が映った・・・・。





賢一は優希に何て言ってやれば良いのかわからなかった。
泣き続ける優希は裕二を信じていた。
だからこそ優希の心の中は血を流している。

『俺になんか彼女にかけてやれる言葉なんて見つけられるはずがない・・・』



賢一は一人っ子。
優しい両親に愛されて育った。
父親は小さな会社の社長で昔はそれなりに生活も安定していたが。
人の良い父親の所には困り事があると相談に来る親戚や友人が多く
その都度出来る限りの手助けや援助をしていた。

子供の頃はそんな父親を尊敬していたし大好きだった。

でも賢一が中学生の時、会社の経営状態が悪くなり生活も苦しくなった。
父親も母親も必死で働いた。
その頃から賢一は気がつき始めた。
父親は利用されていたんだということを。
そう思い、周りをよく見てみると『優しさ』なんて余裕がある奴だけが持っているもんなんだと感じた。
あれだけ父親に『感謝してる』と言っていた奴らもいざ立場が逆になると知らない振りだ。
薄っぺらい心のこもっていない『感謝』の言葉を口にしていた奴らも、その言葉に踊らされていた父親も
冷ややかな目で見始めていた。

そして賢一が高校生の頃、父親が信じていた友人に裏切られ
借金を背負わなければならなくなった時・・・・・。
余裕なんかこれっぽっちもないはずなのにそれでも笑っていられる父親も
そんな父親に愚痴の1つも言わず優しく寄り添う母親も理解出来なかった。


「みんなそれぞれに事情があったんだ。笑っていればきっと良いことがあるさ」
父親の言葉。
でも賢一は父親は逃げているだけだと思った。
そんな言葉で誤魔化して「裏切られた」ことから逃げてるだけだと思った。

傷つくから・・・・逃げているだけだと思った。

両親の気持ちがわからずにそう思うことで納得していた。

『俺は最初から人なんか信じない。期待もしなければ落胆せずにすむ』
ムキになってそう思った。

そして両親の死。

賢一は・・・・悲しかった。
最後まで人を信じていた両親。

自分達を裏切り見捨てた人間に対し恨み言をぶつけてくれた方がマシだった。

父親の葬儀の時も母親の葬儀の時も訪れる人間の『悲しみの言葉』も耳に入らず
ただひたすら考えていた・・・・・。

何であそこまで優しくなれるのか・・・。

追い詰められていた両親を見捨てた周りの人間。でも賢一は両親とは違った意味で
恨んでなんかいなかった。
『見捨てた』わけではなく、みんな自分達の生活を守るだけで必死なんだ。
自分達の幸せを守るので必死だったんだ・・・・。
それが現実で、当然なのだと感じたからだ。

『信じる』なんて
『優しさ』なんて
いざとなったら何の役にも立たない儚いもの。

だったら初めから信じない方がいい。


会社をたたみ、土地や家も何もかも処分して・・・結局何も残らなかった。

当時通っていた大学はバイトして何とか自力で卒業した。
高校の時からバイトして学費の足しにしていたので自然と行動できた。
大学を辞めて働くことも考えたが両親が無理して行かせてくれたから
せめてそのくらいのことはしたかった。



会社に入りそれなりに働き気楽な一人の生活を送っていた。
人付き合いだって深く考えなければ結構楽しめる。

それでも心のどこかで探していたのかもしれない。

優希に出会いそのことに気が付いた。








「・・・頼むからそんな風に泣かないでくれ」
やっとの思いで言葉を口にする。
賢一はうつむいて辛そうに目を閉じた。

見ていられなかったのだ。

「賢一様・・・」
優希は涙を落としながら賢一を見つめた。

頼むからそんな憎しみに満ちた瞳をしないでくれ・・・・。
賢一は心の中で叫んでいた。

2001.9.5  

う〜ん・・・。色んな意味でボロボロかな・・・(汗)後で激しく修正するかも・・・・。