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誰かのための笑顔

優希は賢一の辛そうな顔を見て目を見開いた。
「賢一様・・・?」
「・・・信じるとか優しさとか・・・・俺にはよくわからないんだ。でも君といると俺にもわかるかも
しれないと思ったんだ・・・」
「賢一様・・・」
「だから・・・・頼むから・・・」







優希に向けられる
憎しみや欲望。
人間の暗い部分の感情。

そういう物全て代わりに引き受けたってかまわない。

もともと人の優しさなんか信じることの出来ない俺だから。

人の心の醜い部分を知っても傷つかない俺だから。

だから・・・せめて優希には信じていて欲しかった。

笑っていて欲しかった・・・。






優希はしばらくの間黙って賢一を見つめていた。
賢一はうつむいたまま優希の顔を見れないでいた。

「賢一様」

涙を堪え、明るい声音を出そうとする優希。
・・・・・でもやっぱり声は震えてしまっていた。

賢一が顔を上げてゆっくりと目を開けると
そこには泣きながら微笑んでいる優希の姿があった。



でも、優希が微笑んでいられたのも一瞬で、
すぐにこみ上げてくる悲しさに負けてしまい笑顔が崩れてしまう。
優希は賢一の胸に飛び込んで泣いた。
後から後から溢れて来る涙もそのままに泣き続けた。
賢一は今にも壊れてしまいそうな優希をそっと抱きしめていた。

そんなことくらいしか出来なかった・・・。



その2人の姿を側で見ていた八重子。
優希の悲しむ姿を見た胸の痛みと今ここに賢一がいてくれたことへの安堵の気持ちが入り混じった
ため息をついた。

『裕二のたわけが!今度会うことがあったらただじゃあすまさんぞ・・・』
八重子の心に怒りの炎が燃えた。






裕二が逮捕されたので、もう命を狙われる心配はないだろう・・・そう判断し
3人は城ノ内邸へ戻ることにした。

駐車場で大人しく賢一と自分の朝ご飯を待っていたジョルジュ。
賢一だけではなく優希と八重子も車に乗り込んだのでおおはしゃぎ。
でも優希の泣きはらした顔を見て心配そうな瞳で首を傾げていた・・・。
「心配しなくても大丈夫よ。ジョルジュ。私は大丈夫・・・」
後部座席にすわり傍らのジョルジュを抱きしめて微笑んだ。

賢一は車を城ノ内家へと走らせる。

裕二への憎しみも惣一への悲しみも心の痛みも強く感じていた。
それでも今自分が笑顔でいられるのはそれを願ってくれている人がいるからだ・・・
優希はそう思い運転している賢一を見つめた。



城ノ内邸へ戻ってからが大変だった。
裕二は優希のことも狙っていたことを自白していた。
屋敷に戻るなり警察へ向かうことになり賢一も事情聴取された。
3人とも賢一の不思議な『力』のこと以外ありのままを話した。
最初に優希達を狙った男達の顔は3人ともおぼろげながらに覚えていたが
銃を持った殺し屋達を唯一見ていたのは賢一だけ。
サングラスをかけていたので顔は定かではない。
『こんなことならもっと良く顔見ときゃよかった・・・』
と後悔したが、あの時の賢一にはそんな余裕はなかった。
殺しを依頼した裕二も彼らの身元などは知らなかった。


ようやく解放された時はすっかり夜になっていた。
優希にはしばらく護衛がつくことになった。
警察の車で送られて行く途中優希は疲れきって寝てしまった。
後部座席の真ん中でちょこんと座っていた八重子は右隣の優希の寝顔を見た後
左隣にいた賢一に呟いた。
「賢一殿。しばらくの間お嬢様の側にいてやってくれんかのぅ・・・」
賢一はちょっと首を傾げて八重子を見つめた。

「お嬢様がこんな状況でも笑っていられるのはお前さんがおるからじゃ・・・。頼むから
側にいてやっておくれ・・・・」
「婆さん・・・」
賢一は少し戸惑いながらも頷いた。










城ノ内家へ着き、賢一がしばらく一緒にいてくれることを知ると優希はとても嬉しそうに
はしゃいだ。
賢一はそんな優希の姿を少々複雑な気持ちになりながらもホッとしたように見つめ微笑んだ。

八重子に客室に案内されながら、屋敷の広さに驚く賢一。
ジョルジュはどうやら今晩は賢一と夜を共にしたいらしく嬉しそうについてきた。

まるで高級ホテルのスイートルームのような豪華な部屋に1人(と1匹)になりベッドに
座り大きなため息をついた。
賢一は酷く疲れていた。
短期間に色々な事があった精神的な疲れと未来を変えてしまった体への負担。
賢一はよろけながらバスルームへ行き、シャワーを浴びた。

『今度大きく未来を変えてしまったらどうなるかわからないな・・・』
そんなことを考えた。
でも、もう事件は終わったし・・・・そんな安心感がよりいっそう疲れを引き出させる。



その夜賢一は眠りながら、相当体が辛いのか途中何回か苦しそうに寝返りをうち一緒に寝ていた
ジョルジュを心配させた。
・・・それでも疲れがたまっていたので目を覚ますことなく朝を迎えた。


12月28日の朝・・・と言っても既に11時を過ぎていた。

「賢一様、賢一様・・・」
優希の声で目が覚める。
のろのろと体を起こし伸びをする。

「・・・おはよう・・・」
まだ寝たりないといった雰囲気でボーっとしながら挨拶する。
そんな賢一にくすくす笑いながら嬉しそうに話し掛ける優希。
「食事の用意が出来ていますよ。食堂まで案内します」
「ふぁい・・・顔洗ってくる・・・」
洗面所で顔を洗い、鏡に映った自分の顔を見た時苦笑いした。
『疲れた顔してんなぁ・・・・』

城之内家の朝食はとても豪華で賢一は目をまるくした。
食堂は広くて花や絵が飾られている優雅な空間。
お手伝いさんが運んできてくれる料理を『何だか落ち着かないな・・・』と思いながら
口に運ぶ。
食卓に座っているのは賢一と優希だけだ。八重子の朝は早くとっくに朝食を済ませていた。

「美味しいですか?」
ニコニコしながら食事をする優希。
「うん・・・」
実際料理はとても美味しかったが未だに食欲が戻っていなかった。
それでも食が進まない賢一を心配げに見ている優希の瞳が痛くて頑張って食べた。


食後の紅茶を飲みながら窓から射す暖かな日差しを感じていた。

「賢一様。30日は買出しに付き合っていただけますか?」
「買出し?」
「はい。今年はばあやと一緒におせち料理に挑戦してみようかと思っているんです」
「へぇ。すごいな」
「賢一様・・・お正月もここで迎えて下さいますよね・・・?」
少し不安げに賢一を見つめる。
「・・・ああ。楽しみにしてるよ」
そう言って笑う賢一の笑顔が今にも消えてしまいそうな儚い物のように思え
優希の心に不安が過ぎった。

2001.9.6