標的
12月30日。 街はたくさんの人でごった返していた。 百貨店に買出しに出かけた優希と八重子、それに賢一。 少し離れた所に護衛の姿もある。 「ばあや。買い忘れた物はないかしら・・・」 人ごみの中買物リストのメモ書きを見てチェックする。 「おや・・・黒豆を買い忘れとる・・・」 側にいた賢一は人の多さに軽い眩暈を感じ優希達に断って階段の横にあるベンチに座った。 手にしていた百貨店の手提げ袋を脇に置く。 袋の中には先ほど優希が見立ててくれたスーツが入っている。 『助けてくださったお礼にスーツをプレゼントします』 そう言って賢一を引っ張って紳士服売り場へと連行した優希。 「こんな高いブランド物のスーツなんて俺に似合うわけないのになぁ・・・」 賢一は照れくさそうに笑った。 ぼんやりと行き交う人々を見ていると・・・・人の気配を感じた。 階段から降りて来た男が賢一の隣に座った。 顔を見たわけではない・・・・・・でも賢一の背筋に寒気が走った。 その男の気配は恐ろしいほどの『殺気』を感じさせた。 賢一はそのまま顔を横に向けることも出来ずうつむいていた。 緊張し自分の心臓の音が耳に響いていた。 『あの夜の男だ・・・』 賢一は顔を見なくてもわかった。 優希を狙った殺し屋だ。 「会いたかったよ」 男の冷ややかな声。 賢一は何も言えず黙っていた。 身動きも取れない・・・・少しでも動いたら命がなくなりそうな気がした。 「あんたに会いたくて会いたくて仕方なかったよ。まるで恋でもしているようだった」 クックック・・・と声を押し殺し嬉しそうに笑う男。 「・・・何で・・・まだ彼女を狙っているのか?」 賢一はやっとの思いで言葉を吐いた。 「ああ」 「何でだ?依頼人はもう・・・・」 「一度受けた仕事だ。途中で止めるわけにはいかない」 「そんなの・・・馬鹿げてる・・・・」 男は賢一の言葉にもう一度低い声で笑い・・・声のトーンを下げて静かに言った。 「・・・正直言うとあんな小娘のことはどうでもいいんだ。俺が用があるのはあんただ」 「俺?」 「散々馬鹿にされたんだ。このまま引き下がるわけにはいかない。あんただってプロだろ? 俺の気持ちわかるだろ」 『何勘違いしてやがるんだ!!』 そう心の中で叫んだ。でも言葉には出来なかった。どうせ言ったところで状況は何も変わらないだろう。 だったら勘違いさせたままの方がマシなような気がした。 「言っておくが警察なんかに言っても無駄だ。捕まる前にお前もあの小娘も消してやる」 賢一はゆっくりと目を閉じた。 男は本気だ・・・。例え捕まるとしても必ず言ったことは実行するだろう。 「・・・頼む・・・もうやめてくれ・・・」 無駄なことはわかっていた。それでも賢一はわずかな希望にすがった。 「やめさせたいなら俺を殺すんだな」 男の楽しそうな笑いを堪えた声。 賢一はケンカだってまともにしたことがない。 運動神経だって普通で武道を習っていたわけでもない。 そんな賢一がこの男に勝てるわけがなかった。 「・・・用があるのは俺なんだろ?だったら彼女には手を出さないでくれ・・・」 「なら俺を殺せ。あんたが勝負に勝てばいいだけの話だ」 そう言って男は賢一のコートのポケットに何かをねじ込んだ。 「招待状だ。あんた一人で来い。その時刻まで小娘には手を出さない。ただし警察に知らせたりあんたが 来なかったら命に代えてでもあの小娘を消すからな」 男は素早く立ち上がり人ごみの中へ消えていった。 賢一は体中の力が抜けた。 振るえる手でポケットの中の『招待状』を取り出す。 白い封筒の中の便箋に書かれた日時と場所。 「賢一様」 大きな手提げ袋をいくつも抱えて優希と八重子がやってきた。 賢一は素早く封筒をポケットに入れて微笑む。 「買物は済んだのか?」 「ええ!何だか買い過ぎちゃいました」 「荷物持つよ」 賢一は立ち上がり優希と八重子の荷物を半分ずつ引き受けた。 「喫茶店寄って行きませんか?近くに美味しいケーキがあるお店があるんです」 軽い足取りで前を歩く優希。護衛の者の姿も優希の側にいる。 少し遅れる形で歩き出す賢一と八重子。 「賢一殿」 八重子の、賢一にしか聞こえないような小さな声。 「さっきの黒いコートを着とった男は何者じゃ?」 賢一はハッとし、八重子を見下ろした。 顔を上げて賢一の目を心配げに見る八重子。 「あの男と何を話していたんじゃ?」 八重子に見られていた・・・そのことが賢一を動揺させた。 賢一は目をそらした。 「何も・・・・ただ隣に座ってきただけだ」 「わしを誤魔化そうと思っても無駄じゃ・・・賢一殿。素直に話して下され・・・」 「話すことなんて何もないよ」 そう言ったきり賢一は何も話さなかった。 八重子は小さなため息をついた・・・・。 |
2001.9.7 ⇒
覚悟して下さい・・・(汗)これから先救われない展開かもしれません・・・・・(大汗) |