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汚されたクリスマスC

賢一が優希達のいる宿に着いたのはPM9:00過ぎていた。
車から降りた時少しふらついた。
『ちっ!』心の中で舌打ちする。気持ちに体がついて来ないことに苛立った。

宿の玄関に入ると視界に優希と八重子が飛び込んできた。

「お嬢様!とにかく箱根を出ましょう!」
「ばあや。大丈夫よ!大叔父様を信じてあげて!」
「信じられません!」
2人のやり取りに宿の仲居もジョルジュも手が出せずおろおろしていた。
賢一も八重子の迫力に口を挟めず立ち尽くしていた。
八重子は優希の手を引いて玄関に向かってくる。

そこで初めて優希と八重子は賢一の存在に気が付いた。

「賢一様!」
「賢一殿・・・」
優希は微笑み、八重子は驚き目を見開いた。

ジョルジュも賢一の姿を発見し嬉しそうに駆け寄ってきた。

「賢一殿。どうしてここにおるんじゃ?」
八重子は目をぱちぱちさせて賢一の顔を覗き込んだ。

賢一は肩をすくめ優希を見て苦笑いした、
「何だよ。婆さんにちゃんと説明しといてくれなかったのか?お嬢ちゃん」

優希はちょっと申し訳なさそうに笑った。
「すみません。そのことを言う前に別のことでもめてしまって・・・」
「別のことでもめた?」
賢一は首を傾げた。

八重子はその言葉でハッとし、賢一に縋り付いた。

「賢一殿!どうか私達を箱根から連れ出しておくれ!」
「一体何があったんだ?」
「お嬢様が裕二の奴に箱根におると電話で言ってしもうたんじゃ!!」
「はぁ・・?」
賢一は優希に視線を移した。
優希は微笑んで静かな声で言った。
「私は大叔父様を信じています。大叔父様は酷いことをするような人ではありません」



少しも疑うことなく澄んだ瞳を向ける優希。



「裕二は必ず何かしらの手をうってくるはずじゃ!箱根にいるのは危険なんじゃ!」
八重子は必死に賢一に訴える。
賢一も正直言って八重子の意見に賛成だ。

「ばあや。大丈夫。大叔父様は本当に私のことを心配して下さっていたわ・・・」
優しく微笑む優希。100%信じきっている様子だ。

賢一はため息を付いた。
「・・・とりあえず・・・箱根を出よう・・・」
その言葉に八重子は心底ほっとしたように肩の力を抜いた。

「賢一様も大叔父様を信じてくださいませんの?」
優希は少し寂しそうに賢一を見つめた。

賢一は困ったような微笑を浮べ頭をかいた。
「俺に会った事もない大叔父様を信じろって言われても無理な話だよ。
・・・それに・・・・」

賢一は声のトーンを少し下げて呟いた。
「俺は『人を信じる』ことが苦手なんだ・・・・」

その時の賢一はとても寂しそうで・・・優希は目を見開いた。

「だからお嬢ちゃんはとことん『信じる』ことをしてくれ。俺はとことん『疑う』ことにする。
2人合わせればちょうど良くなるだろ?」
「賢一様・・・」
「とにかく今は婆さんの言う通り箱根を出るんだ。いいね?」

賢一の言葉に優希はコクンと頷いた。







狭い軽自動車に3人と1匹が乗り込み、賢一はアクセルを踏んだ。
「何処へ行く気じゃ?賢一殿・・・」
「・・・東京に戻る」
何の考えもなくそう言った。何となく遠くへ行くより東京に戻って人ごみにまみれていた方が
安全なような気がしたからだ。

夜の道を運転しながら賢一は父親のことを思い出していた。
賢一の父親はお人好しで損ばかりしていた。
それでもいつもニコニコしていた。
その父親が友人の借金を肩代わりさせられ苦しんでいる時
誰も助けてはくれなかった。
結局父親は働き過ぎて体を壊し他界した。その後を追うように母親も病気になって死んでしまった。
2人とも最後まで笑顔を忘れなかった。

母親を亡くした時、当時大学生だった賢一はそんな両親を見て悲しくなった。
損ばかりさせられたのに何で誰を恨むことなく人生を終えられるのか。
さっぱり理解出来なかった。

『人間なんて裏切る生き物だ』
そう思って生きてきた。だから人の汚い部分を見ても平気でいられたし人間なんてそんなもんだと
割り切れていた。
なのに・・・優希の笑顔を見ていると不思議な気持ちになってくる。
優希は人を疑わない。
知り合って間もない賢一のことも信じきっている。


人を信じることが出来ない賢一。同時に人に信じられることにも慣れていない。
疑うことなく自分を信じる優希に戸惑いを感じてしまう。
『俺はそんなに信用してもらえるような良い人間じゃない』
そんな風に否定したくなる。



そして何より・・・・自分も信じたくなってくる。
『人間』って生き物を。そんなことを考えている自分に賢一は戸惑っていた・・・。


『あんな目で見つめられたら裏切ることなんか出来ないよな・・・・』
賢一は小さなため息をついた。

助手席に座っていた八重子は難しい顔をしている賢一を見て微笑んだ。


「賢一殿。おまえさん、わりかし良い男じゃのぅ・・・」
八重子の言葉に賢一は苦笑いした。
「突然どうしたんだ?婆さん。おだてても何も出ないぞ」
「お前さん。どうして追ってきてくれたんじゃ?」
「どうしてって・・・・中途半端なのが気持ち悪かっただけだ・・・」
「へぇ〜・・・そうなのかぇ・・・」
「あ、信じてねぇな!別にお前らが心配だったからじゃねえからな!」

ムキになっている賢一を八重子は嬉しそうに見つめふぉふぉふぉっと笑った。















殺し屋はPM11:00頃箱根に到着し賢一と同じ方法で優希達の泊まっている宿屋を探していた。
道路沿いにある電話ボックスで電話をかけていた。
優希達の宿はすぐに見つけることが出来たが、電話口で話す女将の言葉に
愕然とした。

『そのお客さんなら確かにお泊りになる予定でしたが9時過ぎくらいに迎えの人が来て
チェックアウトされましたよ』
迎えの人?
男の、受話器を持つ手に力が入った。
「その迎えにきた人は30歳くらいの男性でしたか?」
『ええ。何でも今すぐ箱根を出るんだっておっしゃられて小さな騒ぎがあったんです・・・・』
「何処に向かったかはわかりませんか?」
『そこまではちょっと・・・・』

殺し屋は乱暴に受話器を置いた。

まただ・・・。
きっとあの男の仕業だ。
『川辺賢一』・・・一体あの男は何者なんだ?
殺し屋は怒りのあまり冷静さを失っていた。

電話でわざわざ居場所を知らせ姿を消す・・・。
一体何が目的なんだ?

激しい怒りを感じ身を震わせた。

・・・この時点で殺し屋の心の標的は優希から賢一へと移っていた。

賢一は今回は偶然優希達を助けた形になっただけで・・・・とんだ迷惑である。





夜もふけてきて、賢一達は途中で見つけた健康ランドへ入った。

「まぁぁ!こんな大きな建物にお風呂があるんですか?しかも泊まれるんですかぁ!」
優希は初めて踏み入れる世界に感激の嵐だった。辺りを見回し瞳を輝かしている。
「ほぅ・・。草津の湯もあるのか・・・」
八重子もどことなく嬉しそうだった。
けっこう客は多く、嬉しそうにはしゃぐ2人に視線が集っていた。

『仮にも命を狙われている奴らが何でこんなに明るいんだ・・・』
賢一はげっそりした・・・・。


とりあえず、賢一達はここで一晩泊まり疲れを取ることにしたのだ。


お風呂に入り貸し出された浴衣を着て女性用の仮眠室で寝転ぶ優希と八重子。
優希は何となく寝られず隣で寝ている八重子に声をかけた。
「ばあや。寝てしまいましたか?」

八重子からの返事はない。代わりに規則正しい小さな寝息が聞こえてくる。
優希は小さなため息を付いて薄暗い部屋の天井を見つめた。

『賢一様・・・とても寂しそうな顔をなさっていた・・・・』
優希の心がチクンと痛んだ。


賢一から宿に電話がかかってきた時、優希はとても嬉しいと感じた。
『私・・・自分から姿を消したのに賢一様が来てくれることを願っていたの・・・?』

優希はため息をついて目を閉じたが・・・・やっぱりなかなか寝られたなかった。
こうして優希達のクリスマスの夜は終わった・・・。

2001.9.3  

ちょっとサブタイトルと内容がかみ合わなかったような気が・・・。まあ、でも優希の心が裕二に汚されたわけだし・・・。
さあて、サラリーマンと女子高生のプラトニックラブの始まりだ〜!きゃぁぁぁぁ!(←マニアック・・・?汗)