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汚されたクリスマスB


病室は個室。昨晩は優希達もこの病室に泊まった。

賢一はとりあえずあの夜の殺し屋についての話をした。
優希は少し体を震わせ八重子は目を細めて聞いていた。
話し終えた後、賢一は少し疲れたようにため息をついた。


「賢一様。まだ顔色が悪いです。今は余計なことを考えずお休みになって下さい」
優希の優しい眼差し。
確かに色々考えなければならないことはあるが、今の賢一は思考も体の状態も最悪だ。
とにかく早く動けるようになるために休養しなければならない。
賢一は再び眠りにつくためにゆっくりと目を閉じた。
その顔をしばらく見つめていた優希。賢一の寝息が聞こえてくると八重子に視線を移した。
「・・・これ以上賢一様にご迷惑をおかけするわけにはいきません・・・」
静かな声。優希達を助けるたびに体に酷い負担がかかる賢一。
その苦しむ姿を2回も見てしまった。

「・・・・お嬢様」
「あとは私達だけで何とかしましょう」

優希は賢一宛に手紙を書き入院費用に足りるだけの現金と共に封筒に入れて、枕もとに置いた。


日も暮れかかり薄暗くなってゆく病室。

「・・・お礼は必ずいたしますから・・・」
優希は小さな声で呟いて八重子と共に病室を後にした。



病院の駐車場の脇にある大きな木に繋がれジョルジュは大人しく待っていた。
優希達の姿が見えると嬉しそうに尻尾を振った。

「ジョルジュ。行きましょうか」

優希はジョルジュの頭をそっと撫ででやった。
「ジョルジュも泊まれる温泉のある宿屋でも見つかれば良いんじゃがのぅ・・・」
八重子はため息混じりに呟き暮れて行く空を見上げた。









賢一は優希達が病室を出てしばらくして目を覚ました。
人の気配がない病室。ゆっくりと体を起こした。窓の外はもう夜の世界。
枕もとに置いてある封筒に気が付いて手を伸ばす。







『賢一様。色々ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
後は私達で何とかいたします。何も言わず立ち去ることをお許し下さい。
お世話になったお礼は後日改めてさせていただきます。本当に申し訳ありませんでした。』









綺麗な字で短く書かれた賢一宛の手紙。
中には現金も入っていた。

賢一は手紙を読み終わり、ゴロンと寝転び
ぼんやりと天井を見つめた。

『良かったじゃないか。これでもう面倒なことに巻き込まれなくてすむ。
向こうから姿を消してくれたんだ。・・・・・・・良かったじゃないか・・・・・・』


そんな言葉を頭の中で並べてみても賢一の心の中は何故か晴れなかった。

優希の笑顔が浮かぶ。

「ちくしょう!!何だって言うんだよ!」
賢一はガバっと体を起こし頭をかいた。

それは不思議な気持ちだった。
何よりも面倒なことと苦しい思いをするのが嫌いな賢一なのに優希のことが気にかかって
仕方がない。
優希に関わっていたら賢一自身どんな目にあうかわからない状態なのに・・・・・・・。


「・・・どうしちゃったんだ・・・俺」
賢一はしばらくうつむいて・・・・・・・・自分の腕に刺さっている点滴を恐る恐る抜いた。


ベッドから降り、戸棚に入った服に着替える。
体がふらつき、力が入らない。頭痛も相変わらずで・・・それでも賢一は病室を出て歩き出した。
















優希達は何とかペットも泊まれる宿屋を見つけることが出来で、夕食の後
お茶を飲みながらこれからどうするかを話し合っていた。
ジョルジュは部屋の隅で大人しく寝ている。

小さな温泉宿。部屋は8畳ほどの和室で室内はあまり綺麗とはいえなかったが
優希達にとっては泊まれるだけでありがたかった。
「交番に相談しに行ってみましょうか・・・ばあや・・」
「・・・昨日ばあやが行ってみたが・・・・信じてもらえんかった・・・・」
八重子はお茶をひと口飲み、言った。
「何故?」

殺し屋に狙われている。守って欲しい・・・一生懸命そう訴えたが取り合ってもらえなかった。
城ノ内裕二に狙われていると言いたかったが証拠が何もなく、身元を明かして自宅に
連絡でもされたら居場所が裕二に知れてしまう。そう思った八重子は身元を明かすことを
ためらったのだ。
そんな状態では信じてもらえなくて当然であった。


優希は八重子の話を聞いて悲しそうにうつむいた。
「ばあや・・・私は大叔父様が私を殺そうとしているなんて信じられません・・・」
「お嬢様・・・」
「大叔父様はそんなことをする人ではありません・・・」


優希は裕二を信じていた。もともと疑ってもいなかった。
今現在、確かに自分は誰かに狙われている・・・そのことはさすがの優希も自覚していた。
でもその犯人が裕二だとは少しも思っていない。

いつもニコニコしていて優希にも優しく話し掛けてくれていた裕二がそんなことをするはずない
そう信じていた・・・・。

「お嬢様は優しいからのぅ・・・」
八重子はそう言って立ち上がりそなえつけのバスタオルを戸棚から取り出す。

「ばあやはちょっと温泉へ浸かって来ますがお嬢様はどうなさりますか?」
「私は後で入ります」
八重子は少し微笑んで部屋を出て行った。



残された優希はしばらく考え込んでから部屋にあった電話に手をかけた。











その頃裕二はブランデーを飲みながら居間でくつろいでいた。
電話が鳴ったので面倒くさそうに立ち上がり受話器を取った。

「はい。城ノ内です」
『大叔父様・・・?』
その声を聞いた時、裕二の心臓は飛び跳ねた。

「優希か・・?優希なのか?」
なるべく心配してそうな声を出す。内心は不安と焦りでいっぱいだった。

「優希・・・心配していたぞ・・・どこにいるんだ?」
『ごめんなさい。大叔父様・・・。でも心配しないで。そのうち帰りますから』
「一体何があったんだ?何で屋敷を出たんだ?」
優希は、やはり裕二に心配をかけてしまっていたんだと感じ申し訳なく思った。

『私は大丈夫です。もうしばらく帰れませんがどうか心配しないで・・・』
今自分が帰れば裕二にも迷惑をかけてしまうと思った優希。
大叔父様を巻き込んではいけない・・・その気持ちは本当に純粋な裕二への想いだった。

「わかった・・・わかったからせめて何処にいるかだけは教えて欲しい・・・」
裕二の切なそうな言葉。
優希は少し躊躇った後・・・・「箱根です・・・」とだけ告げた・・・。

電話を切り、裕二はニヤリと笑った。







受話器を置いた優希はため息をついた。
やっぱり電話ででも連絡して良かったと思っていた。
『大叔父様・・・やっぱり心配していた・・・・』
優希は自分のことを心配してくれている裕二に申し訳なく思っていた。
『心配かけてごめんなさい・・・』
心の中で詫びる。
「早く殺し屋さんをやっつけなきゃ!」

優希はガッツポーズをとった。






殺し屋は裕二からの連絡で箱根に向かっていた。
車を運転しながら心の中は荒れ狂っていた。
『俺は自分から居所を知らせてくるような間抜けな奴らに逃げられたのか!!』

ただ殺すだけじゃすまさないぞ・・・・・殺し屋の目に冷たい炎が燃える。






優希の裕二を信じる想いは見事なまでに汚された。







その頃、賢一はコンビニで電話をかけていた。
本屋で買った箱根のガイドブックを片手に犬も泊まれる宿に電話をかけて優希達を探していたのだ。
それほど数は多くなく、偽名で泊まってもいなかったのですぐに見つかった。
さっそく電話をとりついでもらった。

『賢一様・・・』
優希の少し驚いた声。
「いきなり姿消すなよな!」
少し言葉が荒くなる。心配な気持ちと見つかった安心感が入り混じった声。


『ごめんなさい。でも賢一様にご迷惑をおかけするわけには・・・』
「もう充分迷惑かけられてるよ!今更だろ!こんな中途半端なままでいなくなられて
たまるか!とにかく最後まで見届けさせてもらうからな!今からそっち行くから逃げんなよ!」
『賢一様。病院は?』
「体の方はもう大丈夫。勝手に退院した」
そう言って電話を切った。
車に乗り込みエンジンをかけた。




「良いお湯でしたよ・・・」
お風呂から上がり部屋に戻ってきた八重子は窓の側に座り夜空を見ている優希に話し掛けた。
「そう・・・良かったわね。ばあや」
優希は微笑みながら八重子を見た。声もどことなく嬉しそうで八重子は首を傾げた。
「お嬢様?何だか嬉しそうじゃのぅ・・・。良い事でもあったんですかね?」

八重子の言葉に優希は何も言わずにニッコリと微笑んでいた。
冬の夜空はとても寒そうだったが星達は綺麗に瞬いていた。

2001.9.2