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汚されたクリスマスA


賢一の腕時計がAM1:00を示した。
優希達の体が動き出す。
優希達にとってはAM0:00。

ジョルジュは不安定な格好で横たえられていたので助手席から滑り落ち
あったはずの電柱がなくなっていて『何?何が僕に起こったの?(汗)』みたいな瞳で辺りを見渡していた。

優希は、2回目とはいえいきなり場面が散歩中から狭い車の中に移っていて驚いた。
・・・が、運転席で頭を抱え苦しむ賢一の姿を見つけ我に返る。
「賢一様!どうなさったんですか?賢一様!!」
身を乗り出して賢一に必死に呼びかける。
ぐったりして意識をなくした賢一。
「・・・賢一様・・・」
優希の声が震える・・・。

八重子は自分の手に握られていたメモを見て目を細めた。
「どうやらまた賢一殿に助けられたようじゃのう・・・」


「ばあや・・・どうしましょう。賢一様苦しんでいます・・・」
瞳に涙を浮べ優希が八重子を見つめた。



八重子はフッと笑って自信満々に言った。
「ばあやにお任せくだされ!ジョルジュ!賢一殿を後部座席に移すんじゃ!手伝っておくれ!
お嬢様も手をかして下され」



2人と1匹で賢一を何とか後部座席まで移し、横たえさせた。ジョルジュはそのシートの下に座った。
「くぅ〜ん・・・」
心配そうに賢一を見つめている。


八重子はたすきをかけて着物姿でも動きやすくし、車のキーを探す。
賢一はよほど慌てていたらしく、キーはドアに刺さったままだった。
八重子はそれを抜き取り運転席に座りシートベルトをつけた。
優希は助手席でシートベルトを付けながら首を傾げた。
「ばあや、車の運転出来るんですか?」

優希の言葉に八重子の目がキラリと光り不適な笑みを浮べた。
「お嬢様。ばあやには出来ないことなどありません」

エンジンをかけ、八重子はハンドルを強く握った。















黒いコートの男はもぬけの殻になった賢一の部屋で愕然としていた。
マンションの屋上から賢一達の行動を見張り、頃合を見計らって
全員始末するつもりでいた。
外出から帰ってくる賢一達の姿をずっと見つめていたはずなのに
一瞬の間にその姿が消え、不信に思いアパートへ来てみたら全員、犬までも
姿を消していた。
鍵はかかっておらず、部屋の様子から、逃げてからそんなに時間が経っていないようだった。

『気付かれたのか?そんなことありえない!!』
男は拳を強く握った。
この男はプロの・・・超一流の殺し屋で、狙った獲物は一発で仕留めていた。
殺したい時に殺していた。失敗など1度もしたことがなかった。

今まで味わったことのない屈辱感。プライドを深く傷付けられた。

依頼主から聞いている、現在追っている優希と八重子の情報。
それと2人をかくまっている男の情報は頭の中に入っている。
写真も資料として渡されていた。


『ただの一般人だと思っていたが・・・・』
男は賢一の顔を思い出しながら苦々しく思う。
『川辺賢一・・・この男同業者か?それとも優秀なボディガードか?』
いずれにせよ只者ではない。でなければ俺の手からやすやすと逃げられるはずが無い・・・
男は賢一に対して大きな勘違いをし始めていた。

ここに賢一がいれば『俺はただのしがないサラリーマンだ!』と必死で叫んだに違いない。



男は自分の心の中で恐ろしいほどの憎悪が渦巻くのを感じていた。















城ノ内邸。
裕二は我が物顔で惣一が使っていた書斎を使用している。
そこでどっかりと革張りのイスに腰をおろし雇った殺し屋からの連絡を待っていた。
今までお金をせびっていたので、3流の殺し屋しか雇っていなかった。
優希のような小娘1人消すのにはそれで充分だと思っていた。
だが、ことごとく失敗したので、仕方がなく大金を払い一流の殺し屋を雇った。

『優希がいなくなればそんな報酬料などはした金になるくらいの莫大な遺産を相続できる』
考えるだけでにやけてしまう裕二だった。


しかし、この日裕二の元に入った報告は期待したものではなく、もっとも聞きたくない
『失敗』の報告だった。

裕ニは電話の向こうにいる殺し屋に怒鳴り散らした。
「取り逃がしただと?お前はそれでもプロなのか?高い金払ってるんだ!ちゃんと仕事をしろ!!」

「申し訳ありませんでした。必ず見つけ出し次は仕留めてみせます」
男の言葉は一応詫びるものであったが・・・その声からは怒りを押し殺した殺気のようなものが
漂っていた。裕二はそれを感じ『あまり強く言うと俺が殺されかねない・・・』と、血の気が引いた。
コホンと咳払いして今度はやんわりとした声で言った。
「とにかく今年中にけりをつけてくれ」
「はい」
男は裕二の言葉に静かに従い電話を切った。


裕二はため息をついて受話器を置いた。



城ノ内裕二。城ノ内惣一の弟。
背が低く小肥りだ。目は細く垂れていて一見人のよさそうな顔立ちである。
みんなこの外見と雰囲気に騙される。
惣一と年は10歳離れていた。裕二は現在59歳。女遊びは激しかったが結婚はしていない。


子供の頃からいつも優秀な惣一と比較され続けていた。
城之内家を託された兄への嫉妬。憎悪。いつか全てを手に入れてやると誓った。
『あんな小娘に全て持ってかれてたまるか!』
現在裕二は未成年である優希の後見人という立場だ。
優希が20歳になれば全て持っていかれてしまう。

屋敷から逃げ出した優希。
『たぶんあの小うるさい婆さんが連れ出したんだろう・・・』
裕二の脳裏に小憎らしい八重子の顔が浮かぶ。
使用人達には優希は八重子と別荘へ行っていることにしていた。
学校には風邪をひいたと連絡を入れてある。このまま冬休みに入るのでしばらくは問題ないだろう。
周りの人間に不信がられる前にかたをつけたかった。

『優希に遺産を渡したら・・・何のために兄貴を殺したのかわからなくなる・・・』
裕二は心の中で呟いた・・・・。















白い天井。
目を覚ました賢一の瞳に映った最初の物。

「賢一様!!」
次に視界に入ったのは嬉しそうに微笑む優希の顔と目を細めて笑う八重子の顔。


「ここは・・・?」
朦朧とした意識の中言葉を口にした。

「病院です」
「病院・・・・」
それを聞いて初めて自分がベッドに寝かされていることに気が付いた。
腕には点滴が打たれている。

徐々に記憶が蘇り・・・ハッとして体を起こした。
「痛ってぇ・・・」
その途端頭がズキンと痛み身を縮ませた。

「無理をなさらないで下さい!!」
優希は賢一を気遣いそっと寝かしつける。

「・・・俺が意識を失っている間・・・どうなったんだ?」
賢一の言葉に八重子は微笑みながら答えた。
「安心しなされ。無事逃げ切れた・・・」

賢一はホッと胸をなでおろした。
他にどうしようもなく車に避難したがそれも危険だった。
賢一のアパートが知られているということはその他のことも調べ尽くしているに違いない。
車のことも駐車場のことも知られているに決まっていた。

「俺はどれくらい意識を失っていたんだ?今日は何日なんだ?」
「25日の夕方です・・・。今日はクリスマスです」
優希が微笑んだ。

1日半以上意識を失っていたわけだ。
まだ頭痛は酷い。それはそうだろう。
どのくらい未来を変えてしまったのかわからない。
体が元に戻るまでまだまだ時間がかかるだろう。

ため息をつき・・・ふと窓の外に広がる景色が目に映った。
・・・・・・見慣れた都会ではなくやけに緑が多かった・・・・。
「・・・ここは何処だ?」
「箱根じゃ。せっかくだから温泉も入りたかったのでな」
八重子は嬉しそうに笑った。
「・・・ここまでどうやって来たんだ?」
賢一は恐る恐る尋ねた。

「ばあやが運転してきたんですよ」
優希の言葉に八重子が自慢げに胸を張った。

賢一は目を見開き、背筋が冷たくなった。
「・・・ば・・・婆さん・・・あんた運転出来たのか・・・・?」
「私に出来ないことなどありゃせんわい!!免許証だって持っとるわい!!」
失礼な!!・・て感じのしかめ面をして八重子は賢一を睨んだ。

「へぇ・・・・・じゃあ、あんたのおかげで助かったんだな・・・・・」
賢一は素直に感謝しかけたが・・・・。

「まあ、運転したのは30年ぶりくらいだったがのぅ・・・」
ふぉふぉふぉ・・と八重子は笑いながらのんびりのたまった。



賢一は血の気が引いた・・・・。
『・・・・・・・・・よくまぁ無事だったな・・・俺達・・・』
命がいくつあっても足りねぇよ・・・と大きなため息をついた。

2001.8.31  ⇒