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やっかいな天使が舞い降りた(後)

「命を狙うだなんてそんな大袈裟な・・・」
優希はのほほんとしている。

「いいえ!ばあやの目に狂いはありません」
八重子はきっぱりと言い切った。

「あんたら一体何者なんだ?」
命を狙われることなどなかなかあるもんじゃない。
賢一は八重子の話を半信半疑で聞いていた。

「J食品は知っとるじゃろう」
八重子の口から出た会社名。誰でも聞いたことのある大手食品メーカーだ。

「ああ・・・でもそれが何なんだ?」
「お嬢様はJ食品の社長・・・いや、元社長城ノ内惣一様の孫娘なんじゃよ・・・」
賢一は目を丸くした・・・。



「でも・・・だからといって何で命を狙われなきゃならないんだ?」
「先日社長が・・・・・・城ノ内惣一様が事故で亡くなられて・・・それ以来お嬢様の身の回りで
不信な出来事が起こっとるんじゃ・・・」
「ばあや・・・不信な出来事だなんて・・・ちょっと上から植木鉢や壺が落ちてきたり
私の部屋で小火があったり不審者が忍び込んできたりしていただけじゃないの」
相変わらずのんびりと微笑みながら話をする優希。

『・・・どこが『ちょっと』なんだ・・・・完璧に狙われてるじゃないか・・・』賢一は大きなため息をついた。

「惣一様が残した財産は莫大な物なんじゃ。遺産目当てでお嬢様を亡き者にしようとしている
輩がおるんじゃ!!」
八重子が怒りをあらわにして湯飲みを握り締めた。

「遺産目当てって・・・」
「お嬢様は城之内家の全ての遺産を相続するただ一人の相続人なんじゃ」
「ただ一人の?」
「お嬢様のご両親は既に亡くなってるんじゃ。お嬢様のお父様も一人息子で・・・優希様も
一人娘なんじゃよ・・・」
直系は城ノ内優希ただ一人。たった一人の相続人。

賢一はちょっと考え込んだあと八重子に聞いた。
「じゃあ一体誰がこのお嬢ちゃんを狙ってるっていうんだ?」
八重子の目が鋭く光った。
「・・・・惣一様の弟裕二の奴に間違いない!!」

八重子の話によると・・城之内家の血族は現在優希と裕二の2人のみ。
優希がいる限り裕二には遺産を相続する権利はない。
見つかった惣一の遺言でも全ての遺産は優希に相続させると記されていた。

八重子の言葉に優希は少し悲しげに言った。
「優しい大叔父様が私のことを殺そうとしてるいるなんて考えられません。ばあやの思い過ごしです」
「お嬢様!ばあやは城ノ内家に50年仕えているんじゃ。裕ニがどんな奴かお見通しじゃ!
外面は善人ぶっているが裏じゃ相当悪いことをしおる。みんな気がつかないだけなんじゃ!!」
八重子は吐き捨てるように言った。
「ばあや・・・・」
「ばあやは見たんじゃ!!45年前曽祖父の健蔵様が楽しみにしておられた好物の羊羹を
うっかり食べてしまった裕二のやつめが使用人にその罪をなすりつけようとしおったのを!!」

賢一はコタツにつっぷしてしまった・・・。
『・・・・羊羹・・・・』

「もちろんばあやがきちんと告げ口したんで後でしこたま怒られとったがのぅ・・・」
そう言ってお茶をすすった。
そして・・・静かにため息をついた。
「裕二は全てにおいていい加減で努力せずに美味しい思いをしようとしている輩じゃ!
自分でおこした会社は潰すは責任はとらないわ、どの仕事も長続きせず・・・・
惣一様のお情けでJ食品の役員の席に座っていられたようなものなんじゃ・・・」

「ばあや・・・そんな言い方・・・大叔父様だって大変な思いをされたにちがいありませんわ・・・」
「お嬢様は人を信用しすぎなんじゃ!!」


賢一はしばらく2人のやり取りをぼんやり見ていた。

『これ以上関わらない方が良いかな・・・』
そんなことを考えていた。
どこまで本当なのかわからないがやっかいなことに巻き込まれるのは嫌だった。


「裕二の奴は惣一様が亡くなられたのをいいことに今まで暮らしていたマンションを引き払い
いきなり我が物顔で屋敷に乗り込んで居座りおった。お嬢様をあやつの側においとくなど
危険すぎてばあやには耐え切れんのじゃ!屋敷内誰が敵だかわかりゃしないんじゃ!」
興奮気味の八重子。


「・・・で、屋敷を出てきてあの公園で襲われたってわけか・・・」
賢一は頭を掻いた。

「ジョルジュと一緒だとなかなか泊まれる所も見つからず・・・街をふらふらしていたらいきなり
あの男の方達が・・・・」
優希は襲われた時のことを思い出したのであろうか・・・少し体を震わせた。
「お嬢様・・・大丈夫じゃ!ばあやがお嬢様を必ずお守りしますから・・・・な!賢一殿!」

いきなり話を振られた賢一はビクッとした。

『じょーだんじゃねーぞ!俺は面倒なことが嫌いなんだ!!』
そう心の中で叫ぶ。

優希が賢一に瞳を向ける。
綺麗な澄んだ瞳。疑うことを知らない優希の真っ直ぐな眼差し。
「賢一様・・・私達行く所がないんです・・・。ご迷惑なのはわかっています。
でも・・・あと2〜3日・・・落ち着き先が見つかるまでここにおいて下さいませんでしょうか・・・」
困惑している様子の優希の声。


賢一は心の中では警戒音鳴りっぱなしで『早く追い出した方がいい!』と思っているのに
口から出てきた言葉はまるっきり逆の言葉で・・・・。

「・・・わかった」

ああ・・俺の馬鹿野郎!・・・と思いながらも
優希の瞳を見てしまうと何も言えなくなってしまう賢一。

「ここにいてもかまわないが俺はまるっきりの一般人だ。自慢じゃないがケンカも強くないし知恵もない。
君を守ることなんか出来ない。だからなるべく早く身の安全を自分たちで確保してくれ」
賢一は肩を落としながら言った。

「はい!」
ニッコリと微笑む優希。

ジョルジュが、お礼のつもりなのか賢一の顔を舐めようとのしかかってくる。
「こら!ジョルジュ!舐めるな〜!!」
後ずさりながら逃げる。
でも結局ジョルジュに捕まりしたいようにされてしまうのであった。

『・・・俺・・・かなり危険なことに巻き込まれたのかな・・・』
ジョルジュの熱烈なチュ-を受けながら賢一は不安を感じていた。


「・・・ところで、この部屋の家具。がらっと変わってるんだけど・・・・」
賢一はジョルジュを押さえ込みながら聞いた。

「お嬢様が住むにはあまりに小汚い部屋だったから模様替えしたんじゃ!ありがたく思いなされよ賢一殿」
八重子の恩着せがましい言葉。

「勝手なことされて何でありがたがらなくちゃいけないん・・・・」
そこまで言って気が付いた。

「まさかさ・・・この絨毯とか家具・・・いつもごひいきにしている店で買ったんじゃないだろうな・・・」
賢一は不安げに八重子を見詰める。

「そうじゃよ。城之内家御用達の店じゃ。だから絨毯も業者の者に敷いてもらえたし大助かりじゃ」
ニコニコしながら八重子は答えた。

「ば・・・・・・ばかかあんた!」
賢一は唖然としながらやっとこさ言葉を搾り出した。

ゴンっ!


八重子は賢一の頭を殴りつけた。
「馬鹿とはなんじゃ!若造が!!」
「考えてもみろよ!!そんなわかり易い所で買い物したらあっという間に居所がわかっちまうだろうが!!」
頭をさすりながら賢一は叫んだ!


ただでさえ、このアパート自体安全とはいえない状況だった。
優希達を助けだしたのは近所の公園だ。
もし本当に優希を殺そうとしているならば当然狙った奴らはこの辺りを探すだろう。

その上普段どおりの店で買い物をして家まで運ばせたんじゃ『ここにいるよ』と叫んでいるようなもんだ。

『絶対ここバレてる・・・』賢一は頭を抱えた。

賢一の言葉に八重子は自分のおでこをポンッと軽く叩き
「そう言われてみればそうじゃのぉ」とのん気に笑った。


そんな会話を気にも止めず優希が手提げ袋を持ってジョルジュと玄関に向かい出した。

賢一は苦笑いしながら声をかける。
「で、お嬢ちゃんは何処へおでかけなのかな?」
優希はにこやかに微笑んだ。
「ジョルジュがお外へ行きたそうな様子なのでお散歩に行って参ります」
「・・・この3日間ずっとのんびり散歩にも出歩いていたわけなのかな?」
「はい。朝昼晩とお散歩はかかしませんでした」


『だ・・・だめだ・・・仮にも命を狙われてるかもしれないってのに
こいつらみんな緊張感がない・・・』
賢一は大きなため息をついて泣きたい気分になった。



「・・・俺が行って来るからお嬢ちゃんはここにいなさい・・・・」






ジョルジュの散歩をしながら賢一は夜空を見上げた。

『早いトコ警察に相談させるなりボディガード雇わせるなりさせなきゃなぁ・・・』
そんなことを考えていた・・・。

明日はクリスマスイブ。
ドアに綺麗なリースを飾っている家を見かける。
3日前に降った雪は積もらず跡形もない。

「賢一様」

ふいに後ろから優希の声がした。

振り返ると息を切らして走ってくる優希の姿があった。

「馬鹿。何で来たんだ?」
誰が何処で狙っているかわからないのに夜中に1人で行動するなよ!・・・賢一は
心の中で舌打ちした。

「賢一様、マフラーです・・・」
駆け寄って賢一の首にマフラーをふわっとかける。

濃いグリーンのマフラー。
賢一はマフラーなんか持っていなかった。

「良かった。似合います。昨日デパートに行きましたので私が選んで買ってきたんです」
優希は嬉しそうに微笑む。

賢一は黙ってマフラーの暖かさを感じていた。
「賢一様は病み上がりなんです。温かくしていなくちゃいけないですものね」
優希の言葉。



白いコートを着て微笑む彼女は・・・・本当に天使のようだった。

2001.8.26