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やっかいな天使が舞い降りた(前)

ぺろん・・・。
誰かか俺の頬を舐める・・・。
頬だけじゃない・・・・首すじも・・・・・。
それに・・・この圧迫感。
重い・・・重いぞ!!

「・・・重い!」
賢一は耐え切れず目を開けた。

「ひえっ!」
賢一の視界に飛びこんできた物。
それは、毛むくじゃらの犬の顔。
寝ていた賢一の上にどっかり乗っているゴールデンレトリーバー。
目を覚ました賢一によりいっそう迫って来る。
「こ・・・こら!やめろ!舐めるなぁ〜!!」
容赦なく顔を舐めまくっている犬をどかそうとするが力が入らずいいようにされてしまっている。

「ジョルジュ。だめですよ」
可愛い少女の声。その言葉を聞いた犬は賢一の上から降りて声の主に擦り寄る。


「良かった・・・気が付いて・・・・」
声の主。とても可愛らしい少女。白いエプロンを着て立っていた。
手にしていた小さな土鍋を布団の脇にあったお盆に乗せ、賢一の傍らに座り微笑んだ。

その少女の顔を見て・・・賢一の頭はようやく回り出した。
『俺が助けた女の子だ・・・・・』
そして自分が布団に寝かされていたことを理解し、次に・・・・ここが自分の部屋だということを
確認しようとして・・・・・部屋の様子が様変わりしていることに気が付いた。


散らかっていたはずの部屋は綺麗に片付けられていた。
それどころか・・畳の部屋だったはずなのにふさふさの高級そうな絨毯が敷かれていて
窓には花がらの・・・やっぱり高そうなカーテンがかけられていた。
自分が寝かされている布団も・・・長年使い続けた古い布団ではなくて
・・・ふかふかの新しい敷布団と掛け布団になっている。
賢一は体を起こして目を丸くした。

「ここ・・・俺の部屋だよな・・・」
何もかも変わっている自分の部屋に戸惑った。
唯一天井の汚れや壁の染みなどが賢一の部屋だということを証明してくれていた。

「ここは貴方のお部屋です」
きょろきょろしている賢一にニッコリ笑って話しかける少女。
「3日間も高熱を出して眠り続けていたんですよ・・・」
「3日・・・・」
賢一はよく3日で済んだな・・・と思った。
なにせ・・・人の命を助けてしまったのだ。もっと代償は大きいと思っていた。

少女は土鍋からお茶碗におかゆを移し、賢一に差し出した。
「食べて下さい。力が出ますよ」
「あ・・・ありがとう」
受け取りながら・・・『うちに米なんかなかったはず』・・・と思っていた。

そして、気が付いた・・・・自分の寝巻き姿。
倒れた時はスーツだったはず・・・。
「着替え・・・ってまさか・・・」
この少女がやったんだろうか・・・・不安げに少女を見詰めた。

・・が、心配は無用だった。
「着替えは私がやりました」
台所から白い割烹着を着たお婆さんが現れた。
小柄で半分くらい白くなった髪の毛は後ろでお団子のようにまとめられていた。
口うるさそうなお婆さん。
賢一が助けたもう一人の人物だ。

「お前さんの汚い裸などお嬢様に見せられるわけないじゃろう」
お婆さんは眉間にしわを寄せながら賢一を睨んだ。
「悪かったですね・・・汚くって」
賢一はムカッとした。助けなきゃ良かった・・・と思っちゃったりもしていた。

「賢一様。冷めないうちにおかゆをお召し上がりになって下さい。ばあやの作るおかゆは美味しいですよ」
少女が賢一に微笑む。
その微笑みは・・・・本当に天使のようで・・・。

賢一は一瞬見とれてしまったが、すぐに我に返った。
『賢一様?』
「どうして俺の名前知ってるんだ?」
表札には名字しか書いてない。

「お前さんのスーツのポケットに名刺が入っていたからな」
お婆さんは少女の隣で立ったまま賢一を見下して言った。
「気を失っていたお前さんを私とジョルジュと・・・お嬢様の手まで煩わせて
部屋まで運んできたんじゃ!」
『ジョルジュ・・・犬!』
賢一はハッとして自分が着ていたスーツを探す。
部屋の隅にきちんと掛かっているスーツを発見。
・・・・が、ところどころにジョルジュの歯型の穴がきっちりと開いていた。
『・・・あのスーツ・・・もう着れねぇ・・・』
賢一は心の中で涙を落とした。

「失礼とは思いましたが・・・落ちていたカギで勝手に上がりこんでしまいました」
少女が頬に右手を添えてちょっとうつむき加減で言った。

「ついでに会社にも休みの連絡しておいてやったぞ」
お婆さんがニコニコしながら言った。
『会社・・・』
やばいなぁ・・・。日頃勤務態度が良くないのでいきなり3日も休んだ日には
何を言われるかわかったもんじゃない・・・。賢一はため息をついた・・・。

「田所課長とやらの伝言じゃが『このまま正月休みに入ってしまっていいぞ。来年になっても顔出すな』と
言っとったよ。気前良く休暇をやるとはなかなか物分りの良い上司じゃのう」
お婆さんののんきな言葉。
賢一は頭を抱えた。
『このままじゃ本当にクビになりそうだ・・・』



「3日寝込んでたってことは・・・今日は23日ってことか」
少女達を助けたのが12月20日。
部屋の壁にかかっている時計を見てみるとPM10:25だった。

そのまま視線を落とすと・・・。
賢一の側で、はぁはぁ息をしながら座っているジョルジュと目が合った。
賢一のアパートは動物は飼っちゃいけない規則。
『大家に見つかったら速攻追い出されるな・・俺・・・』

8畳間と3畳くらいの台所、バス、トイレ付きのアパート。
この空間に3人と大型犬1匹が存在している・・・大賑わいだ。

賢一はもう一度・・・大きなため息を付いて・・手にしているおかゆを見つめた。
『・・・とりあえず・・・食べてから考えよう・・・』
のろのろとおかゆを口に運んだ。

おかゆを食べ終わり、シャワーも浴びた賢一。
一息ついたところで現状把握するために話し合いがなされた。

布団をたたみ、・・・賢一の使っていた1人用のボロいコタツは姿を消していて、
新品の高そうなコタツを3人と1匹が囲んだ。


「私達、恐い男の人達に襲われて・・・もうダメかと思った瞬間・・・・このお部屋のドアの前に立っていて・・・
目の前に賢一様が倒れていたのです・・・・何が何だかわからなくて・・・私達賢一様に助けられたのですよね?」
少女が少し首を傾げながらゆっくりと話す。
その声はやんわりとしていて気居心地がいい。

賢一は腕を組んでしばらく考えた後・・・・口を開いた。

「信じてもらえないと思うが・・・・」
賢一の変な能力のこと、助けた時のことを包み隠さず話してみた。
まあ、信じてもらえないならそれはそれでいいや・・・と開き直ったのだ。

が、少女もお婆さんも・・・何も疑うことなくその話を受け入れた。
「まぁぁ・・・そんな素敵な力がおありなんて・・・・」
少女は目を輝かせて賢一を見つめた。

「人間70年もやっていればそういうこともあるじゃろう」
お婆さんはお茶を飲みながら呟いた。


賢一は2人の反応を見て・・・『こいつら・・・ただもんじゃねえな・・・』と感じた。
・・・・実際・・・この2人はただもんじゃないのは後でわかるわけなのだが・・・。

「賢一様はすごいお方なのですね・・・」
羨望の眼差しで賢一を見つめる少女。
でもその後、少しうつむき小さな声で賢一に詫びた。
「でも・・・私達のために3日間も寝込んでしまわれて・・・・申し訳ございません・・・」

少女がペコリと頭を下げた。
賢一は慌てて・・・何か言葉を言おうとした時、お婆さんがすかさず口を挟んだ。
「お嬢様。この男が助けなくてもあんな男達ばあやとジョルジュがやっつけました。
勝手に助けたこやつに詫びなど言わなくてもいいのじゃよ」
さも当然!・・・という口ぶりで言い切ったお婆さん。
賢一はげんなりし、『このクソ婆あ』・・・と心の中で悪態をついた。
でも・・・実際、賢一が助けなくてもこの2人と1匹は怪我だけですんだのかもしれない・・・と
感じた。でなければ人の命の代償が3日の高熱で済むわけがないと思ったからだ。
賢一は側で大人しく座っているジョルジュに目をやる。
ジョルジュは視線を感じ・・・『なぁに?』・・・とでも言うように首を傾げて賢一を見つめた。
賢そうな瞳。
『確かにこの犬なら2人を守りきったかもな・・・』
賢一はクスッと笑った。そして少女の方に視線を向けた。


「ところで・・・そろそろあんた達の名前教えてくれないか?」
その言葉に少女は頬を赤くした。
「すみません。まだ名のっていませんでしたね・・・私は城ノ内優希です」
「私は榊八重子じゃ」
「・・・あんた達を襲っていた男達は一体何なんだ?」
賢一の質問に答えようとした優希を遮るように八重子が言った。

「お嬢様の命を狙う者の手先じゃ・・・」

『命を狙う者・・・・・・?』
賢一はこの時点で、もしかしたらかなりやっかいなことに首を突っ込んでしまったのではないかと
不安を感じていた。
実際その通りだったりするわけで・・・・・・・・。

2001.8.19