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命の刻

世界中の時が止まる。
賢一はそっと目を開けた。


動きを止めた男の姿が目に映る。
引き金を引き切る直前で止まった指。
その動作が少しでも早ければ撃たれていただろう。

賢一は大きく息を吐いた。

体中からどっと安堵の汗が出る。

「勝負に勝った・・・・」
ようやくその実感が湧いてくる。
体を起こそうと動いたら、色んな所が痛んだ。
顔をしかめながら立ち上がる。

男は立ったまま、先ほどまで賢一の頭があった場所を拳銃で狙った姿で止まっている。
その顔は勝利を確信し高揚している物だった。



確かにこの男との戦いには勝った。
でも
本当の地獄はこれからだった。




賢一は辺りを見回した。
足元に先ほど落とした鉄パイプがあることに気がつき拾い上げる。
それを握り締め男の横に立った。

賢一の最後の戦い。
それは
この男の命を奪うこと。


この男が生きている限り優希の幸せがありえないのなら・・・。






でも・・・
人の命を奪う
その重さ。



どんな理由があっても
『命』を奪ってしまう恐怖は消えない。
『命』を奪ってしまう痛さは消えない。


賢一はゆっくりと鉄パイプを男の頭上にかざす。
『これで思い切り殴りつければ終わるんだ!!』

心の中でそう叫び必死で実行しようとする・・・。

賢一の腕が震える・・・・。






「ちくしょう!!」
鉄パイプは男の頭にはかすりもせず地面に投げ出された。

賢一の手を放れカランカランとパイプが転がる音。

足が震える。
手が震える。

「どうすりゃいいんだよ・・・」
どうしても手を下すことが出来ない・・・・。



こうしている間にも賢一だけの1時間は過ぎて行く・・・。




ふと・・・気がつく。

男の手が握っている拳銃。


引き金を引いている瞬間で止まった指。





賢一は震える手で男の右腕を掴み力を込めた。
ゆっくりと向きを変えてゆく銃口。



そして・・・銃口は男のこめかみの部分に当てられる・・・・・。







賢一はそっと手を放し・・・よろけながら後退り・・・・。
その場から逃げ出した。


途中木材に足を取られ派手に転んだ。
足に激しい痛みを感じたがかまわず立ち上がり再び走り出す。
一刻も早く、出来るだけ遠くに行きたかった。

建設現場を後にし目的もないまま走り続けた。


オフィスビル街を駆け抜ける。
広い交差点に出た。


ふと見上げたビルに大きな時計が設置されていた。
AM0:00で止まった時計。


賢一の体は恐怖で包まれる。

時計から目を背け走ってビルとビルの間の狭い路地に逃げ込こんだ。



息を切らし立ち止まり・・・・壁に背をもたれかけてそのままずるずると座り込む。








殺し屋の頭に向けた銃口

再び時間が動き出した時

確実に銃弾が男の頭を撃ち抜くだろう。

直接手を下したも同然だ。

あとどれくらいで時間が動き出すのか・・・。

賢一は怯えた。

未来を変えたために自分に下される罰・・・
そのことよりも、もっと賢一を怯えさせたのは
自分の手で人の命を消してしまう時が近付いている恐怖。


座り込んだまま頭を抱える。

あの建設現場に戻り、もう一度銃口の向きを変えたいと思う気持ちに襲われる。

何度も何度も繰り返し思う。
今なら間に合う。
今なら人の命を自分の手で絶たずにすむ。

人を殺さずにすむ・・・。





それでも賢一は動かなかった。



・・・・・・・・・・・・動けなかった。








結局・・・最後まで

『優しさ』も『信じる』ことも俺にはよくわからなかった

それでも

守りたいと思う人と出会えた

それだけで・・・・・










運命の時がやってきた。

25時間目の時が終わりを告げ
再び時間が動き出す・・・。

その瞬間賢一の心に優希の笑顔が浮かんだ・・・・・。








遠くで銃声が聞こえた気がした・・・。

2001.9.10    ⇒ 

次回最終回(はぅぅ・・・汗)