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対決(後)

何も話そうとしない賢一。
男の握るナイフが賢一の首筋にあてられる。
「あまり意地を張ると辛い目に遭うばかりだぞ」

賢一は男に気付かれないように右手に土を握る。

「・・・誰が・・・」
「何?」
「誰が話すか!くそったれ!」

そう叫び握っていた土を男の顔に叩き付けた。

「くぅ!!」
目に土が入ったらしく、男が一瞬顔を押さえ怯んだ瞬間
賢一は体を起こし力一杯男の胸の辺りを押した。

男がバランスを崩し後ろに倒れたすきに後ずさり男の体の下から這い出た。

よろけながらも立ち上がり走り出す。

「・・・!待て!!」
怒りに満ちた男の声。

『待ってたまるか!』
賢一は資材置き場へ身を隠す。
たくさんの鉄パイプが積み重なっていたりドラム缶が置いてあったりしている。
それらの物で姿を隠しながら身をかがめて移動する。

ちょうど足元に手ごろな長さ、太さの鉄パイプが転がっていたので拾う。
『何も武器がないよかいいよな・・・』
それを握りしめてドラム缶を背にしゃがみ込む。

『っ痛ってーな・・・』
殴られ、切られた左頬。
血が流れているのがわかる。
左腕でその血を拭う。
暗くてよく見えないが体中土だらけ、泥だらけだろう。
『せっかくもらったスーツが台無しだな・・・』
心の中で優希に詫びる。
時間を確認する。
PM11:37


「隠れても無駄だぞ。今そっちへ行くからな」
冷ややかな男の声が響く。



『近付いて来ているはずなのに・・・』
気配を消しているのか・・・男がどこにいるのか感じることが出来ない。
しばらくじっとしていたが不安にかられしゃがんだまま移動する。


ドラム缶の列が途切れ、少し離れた所にプレハブ小屋が見える。
その間は身を隠す物が何もないけれど走ればすぐ向こうに行ける・・・・そう思った賢一。
そおっと立ち上がり一歩を踏み出した時、
コツンと左のこめかみの部分に固い物が当たった。


「大人しくしてもらおうか」
男の声。
男はまるで賢一の行動を全て見通していたかのようだ。
賢一が出てくるのを待ち伏せていた。
こめかみに当てられているのは銃口。
左側に立つ男の存在、賢一はそちらに顔を向けることも出来ず立ち尽くした。

『撃たれる!』
そう思い目を瞑る。

・・・・だが男は撃とうとはせず、銃を下ろした・・・。
賢一はとっさにその場から飛び退いた。
男の顔を見つめ後退り、震える手で鉄パイプを構える。


男は冷静さを取り戻しつつあった。
先ほどからの賢一の行動を見て疑問に思っていた。
『まるっきり普通の男だよな・・・・』
どう見ても『プロ』には見えない。そう思い始めていた。
それでも、仕事を失敗させられ取り逃がしてしまったあの夜、賢一の気配が
わからなかったのが気になる。その謎が知りたくて仕方がなかった。
『こいつは一体何者なんだ?』
男はゆっくりと賢一に近付いていく・・・。



賢一は後退りながらタイミングを探していた。
鉄パイプを強く握る。
男にはまったくすきがなく、絶望感が襲いかかる。
『何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!!ちくしょう!』
心の中で自分の運命に思い切り恨み言を並べ立てる。
そうすることで少しでも落ち着こうとしていた。
腕時計を見る。
PM11:45
『あと15分・・・・』
祈るような気持ちだった。



「時間が気になるのか?」
男は笑っていた。そして低い声で言った。

「お前にはもう時間なんて必要ないだろ」
楽しそうに笑う男。

賢一はその言葉を聞いた瞬間、覚悟を決めた。
『あと15分間何が何でも粘ってやる!!』

地面を蹴って、男に向かった。
男の頭上に鉄パイプを振り上げ思い切り振り下ろす!

が、あっけなくかわされ、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。
男はそんな賢一のみぞおちに膝蹴りをした。
カラン・・・
鉄パイプが地面に落ちる。

息が出来ず倒れ込む賢一。
地べたに体を預け、苦しくて・・・お腹をおさえ蹲る。

男はもう一度賢一の腹を蹴り上げ、靴底で肩を軽く押して仰向けになるように転がす。


賢一の瞳にすっかり冷静さを取り戻し余裕な顔で自分を見下ろす男が映る。

力の入らない左腕を上げて時計を見ようとするが、男に手首を思い切り踏まれた。
パリン
時計の表面が割れる音がした。


「お前は時間なんか知る必要ないんだよ」
忌々しそうに吐き捨てる男の声。



『・・・長年愛用していた時計だったのになぁ・・・・』
壊れてしまった賢一の時計。
時を確認する術をなくしてしまった・・・・。


男は賢一の胸の辺りに右足を乗せ、再び拳銃を構え、銃口を賢一の頭に向ける。
靴底が胸を圧迫し賢一は息苦しさを感じる。

「お前は何者なのか答えてもらおうか」







あとは・・・・祈るしかないな・・・・。
賢一はぼんやりと考える。

あとどれくらい時間があるのかわからない。
今の自分に出来ることも少ししかない。
それでも出来る限りの時間稼ぎをしよう・・・・・・・・。

「・・・・俺は・・・あんたが思っているような・・・男じゃないんだ・・・・」
ゆっくりと・・・・間を置きながら話をする。
胸を踏まれ苦しんでいるせいだろうと男もさして気にせず聞いている。

「どういうことだ?」
「俺は・・・・体育の成績だって・・・・さして・・良くなかったし・・・何か運動部に・・・入っていたわけでもないし・・・」
男は訝しげに賢一を見下ろしている。
「お前は一体何の話をしているんだ?」
「本当は・・・女の子にもてるかなぁ・・・とか思って・・・・サッカー部とか・・・野球部に・・・
入ろうとか思ったことも・・・あったけど・・・・苦しいのとか・・・疲れること・・・嫌いだったから・・
それに・・・・バイトしたかったし・・・・・・・」
途切れ途切れ言葉を口にしている。時間稼ぎだけではなく、男が与える胸の圧迫が
段々強くなっているからだ。
苛立っているらしい。

「だから何の話をしているんだ!!」
「俺が何者か・・・知りたいんだろ・・・・?」
「ああ」
「だから・・・教えてやってるんだよ・・・・」
「何?」
「俺は・・・普通のサラリーマンだ・・・お前らと同業者でもなければ・・・ボディガードでも・・ない」
「!」
「・・・あ・・・でも辞表が届けば・・・無職だな・・・・」
男の・・・銃を持つ手が震える。

「じゃあ・・・俺はプロでも何でもない一般人にコケにされたって言うのか!!」
再び怒りで我を忘れつつある。

「ああ・・そうさ。あんたは・・・何の実力もない俺に仕事を邪魔された間抜けな殺し屋だよ」

その言葉を聞いた男は目を見開き怒りを体中にみなぎらせた。


「・・・もういい。お前はどうせいなくなる。最終的には俺が勝ったんだ」
男の震える声。
男が賢一の胸から足をどけ、拳銃を構えなおす。


真っ直ぐ賢一の方を向いている銃口。

賢一は男の顔を見つめ・・・・ゆっくりと目を閉じた。


男が指に力を込めて拳銃の引き金を引いた瞬間。




現在の時刻・・・・・。



AM0:00



2001.9.10  

あと2話です・・・。皆様どうか賢一を見守っていて・・・・(涙)お願いします・・・