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出会い

PM11:50
男は電車を降りてホッとしていた。

「ぎりぎりセーフ」
男は腕時計を見て呟いた。
あと10分・・・・。

「寒ぅ〜」
雪でも降ってきそうな深々と冷える夜だ。
男は自宅に向かって歩き出した・・・。



この男の名は 川辺賢一 34歳。独身。東京、新宿にある小さな会社に勤めるサラリーマンだ。
髪は寝癖で跳ねてて、スーツもコートも着方がどこかだらしがない。
きちんと身だしなみを整えればそれなりにかっこ良く見えそうな気もするが
本人にまったくその気がない。性格もずぼらで大雑把。いい加減な仕事っぷりなので
いつリストラされてもおかしくない・・・そんな奴なのだ。

賢一には、ある『秘密』がある。

その秘密とは・・・・。



自宅に向かって夜道を歩く賢一。
辺りは住宅街で人通りも少ない。

駅から歩き出して10分が経とうとした時。

空から雪がひらひらと舞ってきた。


その雪の動きが宙でピタッと止まった。

AM0:00

賢一の秘密。
それは人より1時間、多く時間を持っているのだ。

賢一には1日25時間ある。

日付が変わった瞬間。
賢一自身と、賢一が身に付けている物以外の全ての時間が止まる。
止まった時間は1時間後に再び動き出す。

「電車に乗っている時止まっちゃうと1時間閉じ込められちゃうからな・・・」
賢一はボソッと呟いた。
賢一は会社帰りに1人でちょっとだけ飲んで帰ろうと思って立ち寄った飲み屋で
知らないオヤジと意気投合して飲んでいたら・・・気が付いたらPM11:00を回っていた。


昔は『何で俺はこんなわけのわからない体質(?)なんだ?』と考え込んだりもしたが
深く考えるのが苦手な上『繊細』という言葉から遠くかけ離れた人間だったので
さして悩みもしなかった。

「早く帰って寝よっと」
賢一が帰り道である公園内を横切っていると・・・・変な集団を発見した。

もともと寂れた公園。人なんかめったにいないのだが・・・本日は賑わっていたようだ。
そこにはガラの悪い男が5人と・・・その男達に取り囲まれるように追い詰められた人間2人と1匹
のゴールデンレトリーバーがいた。

もちろん今は時間が止まっているので誰も動いていない。

「・・・なんだこりゃ・・・」
賢一はそばに寄ってこの一団を観察した。

「げっ・・・・」
見なきゃ良かった・・・・賢一は即座にそう思った。


ガラの悪い男の一人がナイフを持っていた。

追い詰められてる2人のうちの1人は少女。
もう一人はその少女を庇うように少女の前で仁王立ちしている背の小さな着物を着たお婆さん。

少女の年は・・・高校生くらいだろうか。
賢一は・・・目を見開いた。
・・・その少女があまりに可愛かったからだ。小柄な少女は白いコートを着て・・・。
色白の肌にサラサラの、肩まである髪。大きな瞳は恐怖で涙ぐんでいたが・・それがまた
何とも言えず「守ってやりたい」と思わせるような物で・・・何もかもが可愛く・・・まるで天使のような
子だった・・・。


男が持っているナイフは・・・この少女に振り下ろされる予定だったようだ・・・。




賢一は・・・考え込んだ・・・・。
『だ・・ダメだぞ・・・関わるなよ俺!!』
賢一は必死で堪えた。
『・・・助けちゃいけない!絶対ダメだ』
賢一は頭を抱えた。

ああ・・・でも目の前にはキラキラ光っている少女の瞳。

で、結局。
数分後には少女を抱えて歩く賢一・・・。
時間が止まっていても、物を動かしたり、人のポーズを変えることは出来る。

「重い・・・」
いくら小柄な少女と言ってもそれなりの重さはある。
何とか賢一のアパートの前まで運んで行き、とりあえず部屋のドアの前に立たせて置いた。
「部屋が1階で良かったぜ・・・」
軽く息を切らしながら腕時計を見る。
今、世界でたった一つだけ動いている時計。
AM0:29

「急がないと・・・」
あと31分で再び時間が動き出す・・・。
『その間に公園から婆さんと犬コロを運んでこなきゃ・・・・キツイなぁ・・・・』
心の中で舌打ちする。



お婆さんは軽くて運びやすかったが、問題は犬・・・・よりにもよって大型犬・・・ゴールデンレトリーバーだ。
「チクショー・・・重いぞ・・・・」
賢一は・・・それでも根性で運んだ。生まれてこのかたこんなに頑張ったことはない!・・というくらい
頑張った。




何とか2人と1匹をアパートの玄関前まで運び終わったが・・・賢一は焦っていた。
賢一の時計はAM0:59を示していた。
あと少しで再び時間が動き出す。
『早くこいつらを部屋に運び込まないと・・・』
ドアを開けるためポケットからカギを取り出し鍵穴に差し込もうとするが
焦っているせいかなかなか入らない。

『ヤバイ・・・・』

AM1:00
時間が止まってからきっちり1時間が経った・・・・。

それと同時に助け出した少女とお婆さん、当然犬も動き出し・・・
賢一はその場に倒れ気を失った・・・・。


賢一の人より多い1時間は・・・非常に融通のきかない1時間で・・・。
時間が止まっている時に未来を変えてしまうような行動をすると、再び時間が動き出した時
必ずツケがまわってくるのだ。
その変えてしまった未来が大きければ大きいほど・・・ペナルティーは大きい。
変えてしまった時間の歪み。
代償として賢一の体自身を苦痛が襲う。
激しい頭痛に襲われたり、腹痛だったり、嘔吐したり・・・・高熱を出して寝込むこともある。
生まれてからずっと『25時間生活』を送っている賢一は子供の頃に何度も身をもって思い知らされている。
だからこの・・・人より多い1時間の間はなるべく大人しくしていたのだ。

遠のいて行く意識の中、賢一は
『やっぱほっときゃよかった・・・』・・・・・と後悔していた・・・・・。

2001.8.17