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魔法使いの恋G

咲子が帰ってから、優子はずっと何かを言いたげな様子だった。

そして・・・夕食を食べている時、優子は心配そうに尋ねた。
「おかあさん。きょうもごめんなさい、できなかった?」

咲子は、箸を運ぶ手を止めて、微笑んだ。

「今日は、出来なかった。・・・でもね、明日、必ず謝るから・・・。」
「そっかあ・・・。」
優子は緊張した顔になり、その後、身を乗り出して咲子を励ました。
「おかあさん、がんばってね。」
「うん。・・・明日、お母さん帰ってくるの遅くなると思うけど・・・敏子おばちゃんの所で
待っていてくれる・・・・?」
「うん。おばちゃんち、だいすきだからいいよ。そのかわり、かならずなかなおりしてこなきゃ、
ダメだよ。なかなおりできるまで、かえってきちゃダメだよ。」
優子は、優子なりに厳しい顔を作り、咲子に言い渡した。

咲子はクスっと笑って、大きく頷いた。











奈津子は、ぼんやりと夕食の準備をしていた・・・。
その瞳は虚ろで・・・現実の物を何も映していない・・・。

「ただいまー。」
政博の声がして、奈津子の気持ちが現実に引き戻される。

急いで玄関に出迎えに行き、微笑みを作る。

「お帰りなさい。政博さん。」
「ただいま。今日の夕食は何?」
「寄せ鍋。」
「美味しそうだ!」



夕食を食べながら、政博はさり気なく話を切り出した。
「今週末、どこかへ出かけないか?」
「え?」
「のんびり、映画でも見て、外食でもしようよ。」

政博はニコッと笑って奈津子を誘った。
休みの日に、ゆっくり話し合えればと、政博なりに考えたのだ。

奈津子は一瞬、戸惑うように政博を見つめ・・・きごちなく微笑み、頷いた。


その夜・・・奈津子はなかなか寝付かれずにいた。
ベッドの中で、隣にいる政博の寝息を聞きながら・・・・奈津子は考えていた・・・。
<もう、開放してあげよう・・・・自由にしてあげよう・・・>

奈津子は、たった一人で結論を出そうとしていた・・・・・。










金曜日。
咲子との約束の日。

健太郎は仕事をしながら、ずっと考えていた。

約束。

あのデパートの前。

健太郎の頭に、この単語が浮かんでは消えていた。

突発的な仕事が舞い込む日で、気が付いたら夕方になっていた。

まだ、仕事が終わらず残業になることはわかっていた。

「お先に失礼します。」
終業時刻になり、咲子は約束に関しては何も言わず、タイムカードを押して帰って行った。


健太郎は・・・迷いながら、仕事を片付けていった・・・。
<先輩は、本当にずっと待っているつもりなのかな・・・・>

行きたい・・・。
でも、行きたくない・・・・。

そんな気持ちを繰り返して・・・気が付くと猛スピードで仕事を終わらせていた。

自分の鼓動が早くなるのを感じる。
<・・どうする・・・・?>
のろのろと帰り支度を始めた健太郎。

「おっ!田中。終わったなら飲みに行かないか?」
丁度同じように仕事を終わらせた所長が、健太郎を誘う。
残っていたのは、健太郎と所長だけだったのだ。

<・・・誘いに乗れば・・・行かなくてすむ・・・・>
そんな情けない逃げるための口実が頭を過ぎる・・・・・。
「はい。」・・・と返事しかけた・・・・・。

でも、その時。


「すみません。田中、先約が入っているんです。」
健太郎と所長、同時に、声のした方に視線を移す。

「関口さん・・・。」
気が付くと、関口が入り口に立っていた。

「田中。お前、約束あるだろ。忘れんなよ。」
そう言って、関口が、健太郎の肩をポンッと叩いた。

「そうか。じゃ、寂しく一人で帰ろうかな。」
所長は、笑いながら肩をすくめて、事務所から出て行った・・・・。


関口と健太郎・・・2人きりの事務所。
関口は、困惑して立ち尽くしている健太郎に歩み寄る。

「関口さん・・・?」
「お前、何もたもたしてやがんだよ。」
関口は呆れたようにため息を付いて、健太郎を睨みつけた。


「あの・・・何なんですか?」
目の前で、不機嫌な顔で立っている関口を、少しムッとした顔で見つめた。

「何なんですかじゃないだろ。何で林さんの所に行かない?」
「・・・・・・・・・・。」
今の言葉で、関口が咲子から事情を聞いているのを悟り
健太郎は目を逸らした。


「情けない男だな。」
関口の言葉は、いつになく冷たく、挑発的だった。

「向かい合わなきゃいけない相手から逃げて、『寂しいんだ。』って態度とって周りの
みんな心配させて、そのくせいじけて何も言わない。まるっきりガキだな。」

自分を見ようとしない健太郎に、更に追い詰めるように言葉を投げつける。

「お前、自分だけが傷ついて、不幸背負って生きてるとでも思ってんのか?
だとしたら、とんだ大馬鹿野郎だな。」

さすがに健太郎もカチンと来て反論した。

「そんなこと、思ってないですよ!」
「じゃあ、お前のこの態度はいったい何なんだよ。」
「・・・もう、何とも思ってないから・・・だから林先輩と話すことなんて何もないんです。だから・・・。」
「だから会いに行かないのか?」
「そうです!」
「・・・へぇ。お前も、嘘、つけるようになったんだ。」

関口はフンっと、鼻で笑った。

「何でもないなら、何で林さんの話を聞こうとしないんだよ。」
「それは・・・。」
「何で彼女から逃げているんだよ。」
「逃げてなんかいません。・・・ただ・・・。」
「ただ、何だよ。」
「俺じゃ、林先輩のこと、わかってあげられないから・・・・・。
先輩のこと、傷つけるだけだから・・・・。」
「それこそ、嘘だね。」
「・・・・え?」
「お前は単に怖いだけなんだ。自分が傷つくのが嫌なだけなんだよ!
林さんのこと気遣っている振りして、本当は自分を守っているだけなんだ。
それをそんな綺麗な言葉で隠して言うなよ。」

健太郎は、胸が痛んだ・・・。
関口の言葉が胸に突き刺さった。

その通りだと思ってしまった・・・。
<そうだよ。自分が怖いから逃げているんだ>
<拒絶されるのが怖くて逃げているんだ>
<これ以上・・・傷つきたくないから、何も見ないでいたいんだ>

同時に、湧き上がる、怒りにも似た反発心。

<関口さんは余裕たっぷりで生きているからそんなことが言えるんだ>
<関口さんみたいな強い人に、俺の気持ちはわからない>
<同じ立場になったこともないくせに、俺の気持ちがわかるはずない>


心の中でそんなことを思っても、黙ったまま俯いている健太郎。

関口は、心の中で、舌打ちして・・・健太郎の胸倉を掴んだ。

「林さんを、自分が逃げてる理由にすんなよ!」
「・・・・・・。」
「今のお前は自分のことしか考えてないんだよ!」


その言葉を聞いて・・・健太郎は、関口の手を払いのけて、数歩後ずさり
顔を上げ、キっと関口を睨んだ。


「関口さんになんか、俺の気持ちはわからない!」
気が付いたら叫んでいた。
自分でも気が付かずに、気持ちを吐き出していた。

「わかり合えるって・・・信じてたのに・・・それを、大好きな人に壊された俺の気持ちなんか
わかるわけない!」

<そうだよ・・・。わかるわけないのに、勝手に人の気持ちを代弁するな!>

「人間でもなく魔法使いでもない、中途半端な存在の、俺の気持ちなんかわかるわけない!」

思い切り叫ぶ・・・自分の気持ち。

「この世界で、当たり前のように生きている、関口さんに俺の気持ちなんかわからない!!」

健太郎の脳裏には、人間界に来てからの辛かったこと、悩んだことが一気に溢れていた・・・。
<あの辛い気持ちは、誰にもわからない!!>
その気持ちを言葉に乗せて、関口にぶつけていた・・・・・・。


そんな健太郎の姿を見て・・・・関口の表情が、突然、ふっ・・と和らいだ。
そして、柔らかな微笑みを浮かべた・・・・。



「・・・そうだよ。俺にはわからない。」
そう言った関口の口調は、いつもの、どこか軽い感じのものだった。

「わかるわけ、ないじゃん。」
関口はニコッと笑う。
「・・・・へ?」
健太郎は、関口の拍子抜けするような言葉を聞いて、間の抜けた声を出した。


「田中、お前気が付いてるか?」
「?」
「お前の、今の態度・・・林さんと同じじゃなかったか?」
「!」
「・・・まあ、心の中で葛藤した内容は全然違うだろうケド・・・・お前も林さんも、俺だって
色々思うことがあって、追い詰められればこういう態度とっちゃうことも、あるんだよ。」
「・・・・・あの・・・・関口さん・・・?!」

健太郎はいきなり態度を変えた関口に戸惑いながらも・・・
その言葉が、心に優しく触れてくるのを感じていた・・・。

関口は言葉を続ける・・・。
「そんな時、言った言葉は確かに本音を語ってるけど、それだけが全てじゃない。
勢いで言ってしまう時もあるしな。お前だって、さっき俺に散々好き勝手なこと言われて、
色々思っただろ?俺に対しての反発心や、怒りや口惜しさ、感じただろ?
だけど、俺に対する気持ちって、それだけじゃ、ないだろ?」
「・・・・・はい。」

さっき、心の中に湧き出した、関口に対する感情。
でも、それは心のどこかで、健太郎が羨ましいと思っていたことの気持ちが
そう思わせたのかもしれない。
<さっき思ったのは、本当の気持ちの、ほんの一部分だ・・・・>
本気で関口を拒絶したいわけじゃない。
健太郎は、関口のことを嫌ってなんかいない。その逆だ。
関口は健太郎の存在を、当たり前のように受け入れてくれた。
健太郎に色々なことを話してくれた・・・・。
大好きな人だ。



関口は健太郎が考え込んでいる姿を見て、静かに言った。
「・・・今、お前が想っていること。・・・・それは伝えてくれなきゃ俺にはわからない。」
「・・・・・・・はい。」
「そんなもんなんだよ。」
「え?」
「別に、人間だって魔法使いだって関係なく、わからないんだよ。他人の気持ちなんて。」
「・・・・・・・。」
「ある程度、察してやることは出来ても、所詮、気持ちなんて本人にしかわからない。」
「・・・・・・・・あの・・・・。」
「だから伝えて欲しいと願うんだ・・・。」
「・・・関口さん・・・。」
「だから、知って欲しいと願うんだ・・・・。」

健太郎は、大きく目を見開いた・・・。
関口は小さなため息をついて、苦笑いした。

「でもさ、考えてみろよ。人の気持ちなんて、厄介だろ?知ったら、時には傷つけられたり
裏切られたりするんだぜ。わかってくれないって責められたりもする。その逆も同じ。
気持ちを伝えても上手く伝わらなかったり誤解されたり、拒絶されたりして・・・。
本当に厄介だよな。」
「・・・はい。」
「なのに、何で知りたいと思うんだ?」
「・・・・・・好きだから・・・・・。好きだから知りたいと思うんです。」
「じゃあ、何で自分のことを知って欲しいと思うんだ?」
「・・・やっぱり・・・・好きだから・・・・・・。」
健太郎は、咲子のことを想いながら言葉を口にしていた。
<そうだ・・・・・だからわかり合いたいと願うんだ・・・>


関口は、健太郎の答えを聞いて・・・
<『好きだから。』という理由だけで人は気持ちを動かすわけじゃないケドね・・・・>
・・・と、頭の中で呟いた。
<でも、田中は、今の話を消化するだけで精一杯だろうからな・・・>
そんなことを考えながら健太郎を見つめて、小さなため息をついた。
そして、ニコッと笑って、まるで先生が生徒に質問するように言った。

「で、田中君。林さんは今、お前に一生懸命気持ちを伝えようとしてるよね?
聞かなくて、いいのか?」


健太郎は、カクン・・・と、肩の力を抜いた・・・・・。

それと同時に、いきなり焦り出す。
<早く行かないと、林先輩、待ってる!!>

大慌てで自分のコートと荷物を掴む。
そして、途中、イスや机にぶつかりながら走り出した。
関口は可笑しそうに笑いながら、その様子を見ていた。

廊下に出た所で、健太郎は足を止めて、もう一度事務所に戻り・・・・。

「関口さん!あの・・・・。」

その声に、ちょっとビックリしたようで
<何だ?どうした?>って顔で振り返る関口。


健太郎は、今にも泣きそうな瞳で、言った。

「あの、ありがとうございました。」

その言葉に、関口は一瞬きょとんとした顔になり、その後、微笑んだ。

「礼はそのうち金のかかった物で返してくれ。」

相変わらず可愛くない関口の言葉に、健太郎はクスっと笑って頷いた。
「あの、それと、事務所の戸締りお願いします!」
言うと同時に関口に向かって鍵を軽く放り投げた。

「人使いが荒いな。」
文句を言いつつ、空中で鍵を受け止めた。




健太郎は再び走り出し、咲子の所へ向かいながら・・・・気が付いた。

関口も咲子のことが好きなのだ。
健太郎は、そのことを思い出し・・・・・胸が締め付けられた。
咲子と関口の間でどんな会話があったのかはわからない。
咲子が何を伝えようとしているのかも、まだわからない。
でも、関口が、健太郎と咲子の想いの橋渡しをしてくれた・・・そのことは感じていた。

<関口さんも・・・林先輩のこと好きなのに・・・>


健太郎は・・・関口に感謝した・・・。







夜道を歩きながら、関口は携帯から電話をしていた。
話している相手は・・・・・。

「これからそっち行くから鍵開けといてくれよ。」
『何で俺があんたと2人きりで飲まなきゃいけないんだよ。』
「2人じゃなくて、1人と1羽、だろ。」
『細かいこと言うなよ、大雑把な性格のくせに。』
「可愛くねーなー。あんまりギャーギャー鳴いてると、お土産持って行かないぞ!」
『あ、お土産、日本酒にしてね。おつまみはするめとお刺身が良い。』
「はいはい。」
『今夜は不甲斐ない親友の代わりに、謹んでお相手いたします。』
「・・・いきなり謙虚になりやがったな・・・。」
『お土産の、ためだもの。』

カー助は、関口から話を聞いていた。
そして、憎まれ口を叩きながらも、関口にとても感謝していた・・・。




「さてと・・・。」
携帯を切った関口。
夜空を見上げて、健太郎との会話を思い出していた。

「好きだから気持ちを知って欲しい・・・か・・・。」

<好きだから・・・・っていう理由だけじゃなく、人間関係の基本だから・・・なのかな・・・>
それは、友達としてだったり、家族としてだったり、仕事仲間だったり・・・・。
時には・・・恨んでいる相手に憎しみを思い知らせてやりたいと思う・・・そんな
『知って欲しい』という形もあるだろう。
<・・・まあ、どんな形でも『人間関係』に変わりはないからね・・・・>

色んな形の感情。
中には目を背けたくなる物もあるだろう。


<田中の奴・・それを知る度に、大騒ぎするのか?>
そのことに思いが行き当たった時・・・関口は心底げんなりした・・・。
その都度、きっと自分は口出ししないでいられないことを自覚していたからだ・・・。

そして、自分が健太郎に言った台詞を思い出し・・・苦笑いした。
<自分の気持ちも伝えられない奴が、よく言うよな・・・・・・>

咲子と健太郎の幸せを願い、応援したい気持ちを抱えながらも、
結局・・・自分は傷つく前に諦めているだけなのかな・・・・と、自問自答しながら
夜道を歩いていた。

2002.1.3 

本日サイト立ち上げ一周年です〜。
さて、健太郎、次回とその次と・・・くりん、
赤面しつつも頑張って書こうと思っています・・・