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告白

12月30日の夜。
賢一は部屋で辞表を書いていた。
「いい加減な社員だったからな。辞表くらいきちんと出さなきゃな」

「くぅ〜ん・・・」
側にいたジョルジュが首を傾げてその様子を見ていた。

「ジョルジュ。散歩行くか?」
賢一はジョルジュを連れて部屋を出た。玄関で靴を履いていると
八重子がやって来た。

「賢一殿。こんな夜遅く何処へ行くんじゃ?」
「ジョルジュの散歩だよ」
「・・・・そうかぇ・・・気をつけてな・・・」


夜道をのんびりとジョルジュと歩く。
郵便ポストを見つけコートから先ほど書いた辞表を入れた封筒を取り出し投函する。
ぼんやりと夜空を見上げる。
冬の夜空・・・星が綺麗に瞬いてる。
そんな賢一の側に寄り添いジョルジュはつぶらな瞳で見つめていた。

「ジョルジュ・・・・俺、やっぱ・・・すごく怖いや・・・・」

『いっそのことこのまま逃げてしまいたい・・・』
正直そう思っていた。それでも賢一の足は優希の待つ場所へ向かう。





12月31日。早朝。
あまり眠れなかった賢一。朝早くから起き出した。
ジョルジュは前の晩も一緒に寝ていた。賢一の側から離れないでいる。
着替えて、顔を洗って食堂へ行くともっと早く起きていた八重子と優希が割烹着姿で
奮闘していた。
おせち作りだ。
広いテーブルの上に山のようにつまれた食材と分厚い料理の本。

「・・・おはよう・・・」
賢一は優希達の気迫に飲まれ小さな声で挨拶をした。

「まぁ!おはようございます、賢一様。もっとゆっくり寝てらっしゃればいいのに・・・」
そう言いつつもちょっと嬉しそうな優希。

「賢一殿、朝ご飯食べなされ」
八重子がテーブルにスペースを作ってくれて、賢一は用意されたご飯を食べ始めた。
食後のお茶を飲みながら2人が忙しそうに作業するのをぼんやり見ていた。

「・・・俺も何か手伝おうか?」
賢一の言葉に優希は笑いながら答えた。
「賢一様はゆっくりしてて下さい」
「いや、何かやらせてくれると嬉しいんだけど・・・」
「んじゃ、これの皮を剥いて下され賢一殿」
八重子は里芋が山のように乗ったザルを運んできた。


賢一はひたすら作業に没頭した。
そうでもしてないと逃げてしまいたいという気持ちに負けてしまいそうだったから・・・。

「賢一様。夕食はローストビーフにしようと思っているんです。今夜はみんなで年越ししましょうね!」
優希は嬉しそうに笑う。
「で、明日の朝はお雑煮とおせちですよ!楽しみにしてて下さいね!」
「・・・お雑煮とおせちなんて久しぶりだな」
賢一はクスッと笑った。
『食べたかったな・・・』
心の中でそう思う。
賢一は自分に『明日』という日が来ないだろうと覚悟していた。

里芋の皮むきが終わった頃ジョルジュの散歩の時間になり、いつもなら優希にねだるのに
ジョルジュは賢一におねだりした。

「俺と行きたいのか?散歩・・・」
賢一は少し嬉しそうに笑った。
「ジョルジュは賢一様が大好きなのね」
優希は笑いながら散歩用の手提げを手にした。
「忙しいだろ。俺が行って来るよ」
「私もご一緒したいんです」
きょとんとしている賢一に微笑む。


散歩に出かける2人と1匹の姿を見送り・・・八重子は不安げに呟いた。
「ジョルジュは人の気持ちが良くわかる犬だからのぅ・・・」
だから賢一から片時も離れようとしない。
不安や悲しみを感じ取っているのだろう。
『賢一殿。何を抱え込んでおるんじゃ・・・』

八重子は賢一の部屋へと足を向けた。





ジョルジュお気に入りの散歩コースをゆっくり歩いている2人。
今日は天気がいいので比較的暖かい。

ジョルジュを連れて、賢一の少し前を歩く優希。
優希は軽く深呼吸した。

「賢一様」
後ろを振り向かずに話し掛ける。
「ん?」
「前にどなたともお付き合いなさっていないと言っておりましたよね」
「ああ・・・」
賢一は話の流れがつかめず首を傾げた。

優希は足を止めうつむいた。
賢一もそれを見て足を止めた。
「・・・お嬢ちゃん?」


「・・・私・・・賢一様が好きです・・・・」
優希の想いを込めた言葉。

小さな声だったけれどちゃんと賢一に届いた。

優希は振り返って、今度は賢一の顔を見て言った。
「好きです・・・」
頬を赤く染めて、潤んだ瞳で賢一を真っ直ぐに見つめる優希。


賢一は優希の気持ちを痛いほど感じた。

優希の言葉は・・・・とても嬉しかった。
かなり年の離れた少女の気持ちに切なくなる・・・そんな自分の心に賢一は戸惑った。
自分を好いてくれている少女に対する気持ち。

・・・賢一は自分の気持ちに背を向けた。

自分の気持ちがどうであれ、返す答えは決まっていたからだ。

なかなか答えてくれない賢一に優希は小さな声で言った。
「やっぱり・・・私なんかより大人で素敵な女性が良いですよね・・・・」

賢一はクスっと笑った。
「そうだな。お嬢ちゃんが10年くらい早く生まれていれば考えても良かったけどな」
その言葉に優希は寂しそうに微笑んだ。
「・・・私がもっと大人になって・・・10年後、もう一度告白したらその時は考えて下さいますか?」
「・・・その時は俺なんか君に相手にされなくなってるよ」
「そんなことありません!!私は賢一様が・・・」
そんな優希の言葉を遮るように賢一は言った。
「お嬢ちゃんは良い女になるよ。俺が保証する」

優希は今にも泣きそうなのを必死で押さえ微笑んだ。
「・・・私がんばって『良い女』になります。必ず賢一様を振り向かせてみせます!」
「だから俺なんか相手にされなくなってるって」
賢一はため息混じりに微笑んだ。



出会って間もない少女にどうしてここまで惹かれるのか。
『俺って相当の馬鹿だよな・・・』
本来何の関係もなかったはずなのに・・・・。
それでも賢一は放り出せなかった。

少女に対する気持ちが恋愛感情なのかそうでないのか、今の賢一にとってはどうでもよかった。
ただ・・・少女には変わらずにいて欲しかった。
疑うことなく人を信じ、優しさの塊みたいな少女でいて欲しいだけだった。

『逃げ出したいのにな・・・・逃げたいのに・・・』
心の中で何度も繰り返している言葉。
あの日出会わなければこんな目に合わずに済んだのに・・・そんな風に運命を恨んでみたりもしている。

怖い。

死にたくない・・・。


そんなことを思ってみても・・・。
頭の中では考えている。
どうやったらあの男に勝てるか。
男に勝てる方法はたった一つしかなかった。

でも
勝っても負けても・・・・・自分を待ち受けている運命は同じだと賢一は覚悟していた。

2001.9.8