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お読みになる前に
注意事項(必ず読んで下さい)
この話は「正義の味方」の続編です。
しかし、本編とはかなり違う雰囲気を持っています。本編の雰囲気を求めている方には不向きなお話です。
それと、内容が非常に重いです。痛さも伴います。しかもスッキリしないまま終わっております。
主人公がとった行動も言動もキャラクターの性格を考えてそうしたまでであって
作者としてはその行動を「正しい」と言っている訳ではないことを一応断っておきます。
人それぞれ生きる道は違うわけですから・・・。

それと、本編を最後まで読まれてない方はネタバレ的要素をかなり含んでいる上
主役の子のことを「あんた誰?」状態になってしまうので本編をお読みになってからにして下さい。
以上のことを踏まえた上でそれでもお読みになりたいと思って下さる方のみ
下へ進んでください・・・・。



















夜の学校。
屋上のフェンスを越えて残された狭い足場に心もとなく立ち尽くし
下を見下ろす少年がいた。
足が震え・・・・・目から涙がこぼれた。

『恐い・・・やっぱり恐いよぉ・・・』

心の中で叫び・・・・座り込んだ。




『今日も・・・飛べなかった・・・』
学校を後にし・・・とぼとぼと家路へ向かう少年。


その少年の心に囁く甘い声。

『恐いなら・・・私が背中を押してあげましょうか?』




正義の味方番外編

中根和己編


「和己!あんたにまた変な封筒が届いてるわよ」
和己が学校から帰るなり台所で夕食の準備をしていた母親が声をかけた。


和己は「はぁ〜・・・」とため息をつきながら面倒くさそうにテーブルに置いてあった封筒を手にする。

金色の封筒。
正義の味方管理局からの指令書だ。
和己が正義の味方になってから半月ほどが過ぎた。

既に6回悪の手先を退治していた。
(うち1回は悪の手先が犬に取り憑いたという稀なケースではあったが・・・)

中根和己 高校2年生・・・は、超面倒くさがり屋でグウタラ人間なのだ。
そんな和己にしては結構頑張ってはいた。
自分の身が危なくなったりもしたから頑張っていたのだが・・・。
わけのわからない「正義の味方」という仕事。
けっこうウンザリしていた。



自分の部屋に行き、嫌々ながら・・・・封筒を開けてみる。

指令書(悪の手先98号の退治)
敵のコードネーム   悪の手先98号
出現日時        12月6日(木)  午後6時〜7時の間
敵の必殺技       寂しい瞳
敵の弱点        冷たい視線




「12月6日っていったら・・・明日じゃねぇか・・・・・・ったく・・・・たるいなぁ・・・」
頭を書きながら和己は呟いた。






次の日
和己は4日連続遅刻をしてしまい放課後職員室で担任の先生にコンコンとお説教されていた。
『遅刻の王様』として名を馳せている和己、先生のお小言も慣れっこで右から左に聞き流していた。

ようやく解放された時には既にPM5:55だった。
「やっべー!そろそろ悪の手先登場時刻じゃねぇか!」
急いで教室に戻り誰もいないことを確認してから鞄から正義のレーザーガンとマントを取り出し、身に付ける。
「恥ずかしいもんな・・・この格好」
正義の味方バッジを胸に付けた時・・・・廊下から人の歩く音がした。






和己はそっとドアを開けて、ひょこっと顔を出す。
すると同じクラスの『水野則夫』が階段を上がっていく姿が見えた。

『水野則夫』・・・クラスでは地味な存在。親しい友人もいない。
いつも1人だ。
まぁ、和己も1人きりの時が多いが、『孤独』なわけではなかった。
和己は誰に合わせることもなくマイペースを貫いている。結果一人のことが多いだけなのだ。
一方則夫はどうも違うらしい・・・。いつも寂しさを抱えていた。
大人しすぎる性格とその性格を滲み出させている弱々しい外見・・・則夫はそんな少年だった。


何となく気になった和己・・・静かに則夫の跡を付けた・・・・・。



階段を上がって行き・・・・・則夫は屋上の扉を開けた。


こんな時間に・・・屋上に何の用だよ・・・・と思いながら和己も屋上に足を踏み入れた・・・・。




その時和己の視界に入ったものは・・・・・フェンスをよじ登る則夫の姿。



「おい!てめー何やってんだよ!!」
和己はそう叫び走って則夫の体にしがみついた。

ちっこい体の和己ではあったが則夫も小柄だったので力では互角であった。

『敵がいるぞっ!敵がいるぞっ!』


則夫に近付いた瞬間、正義の味方バッジから警戒音が鳴り出した。

げっ!悪の手先98号って水野に取り憑いてやがるのか?
水野の行動はどう見ても屋上から飛び降りようとしている・・・悪の手先は宿主を殺そうと
してんのか?・・・・和己は焦った。

「おい!やめろ!!やめろって!!」
悪の手先98号はしがみ付いてくる和己の体を足で蹴った。
その衝撃で和己は弾き飛ばされ尻餅をついてしまった。

「痛ってなー!クソッ!!」
和己は即座に立ち上がり正義のレーザーガンを構えて、なおもフェンスをよじ登っている悪の手先98号を
躊躇うことなく撃った。


「ぎゃぁぁぁ」

・・・という断末魔を残し悪の手先は水野の中から出て行った。


則夫はずるずるとフェンスからずり落ちて・・・・しゃがみ込んだ。



「おい。何があったか知らないが世話やかすんじゃねーよ!馬鹿」
和己はそう言いながら則夫に近付いた。

則夫はのろのろと顔を上げて涙ぐみながら和己を見た。
そんな則夫の口から出た言葉は弱々しい抗議の言葉だった。

「中根君・・・何で止めるんだよ・・・・もう少しで・・・もう少しで死ねたのに・・・」
涙を落としながら訴える則夫。

「僕の中に入ってきた『強い自分』が手助けしてくれて・・・ようやく飛び降りられそうだったのに・・・」

則夫の言葉を聞いて和己はため息をついた。
「何が『強い自分』だよ。信じようが信じまいが知ったこっちゃないがお前に取り憑いてたのは『悪の手先』だ!
悪い奴なんだよ!!」


則夫は和己をキッと睨んで言った。。
「悪だろうと何だろうと僕を楽にしてくれる存在だった!!それを君が余計なことして台無しにしたんだ」
「お前何でそんなに死にたいんだ?」
和己はひるむことなく問い掛けた。

則夫は・・・ゆっくりと上着とシャツを脱いだ。
そこから出てきた彼の肌を見て和己は言葉を失った・・・。

生々しい痣と擦り傷・・・火傷のようなものまであった。

「お前・・・それは・・・」
「僕・・・苛められてるんだ・・・先輩からも・・・同学年の奴からも・・・・みんな・・・よってたかって
僕を苛める・・・・お金だって取られたよ・・・・・・」

震えて・・・泣きながら吐き出された言葉。
「何も悪いことしていないのに・・・1年の時は友達はいなかったけれど・・・こんなには酷くなかった・・・
2年になって・・・酷くなって・・・・もうどうしていいかわかんない。親は『そんなことに負けんな!学校に行け』
って言うし・・・・先生に言ったりしたら・・・みんなからの仕返しが何倍にもなって返って来た・・・恐くて
誰にも言えないんだ・・・・」

「・・・だから死にたかったのか・・・?」
和己は同じクラスだったのに全然知らなかった。
ただでさえ鈍くて周りのことに無頓着な和己に気がつけというほうが無理なのだ。
「苦しいんだよ!恐いんだ!辛いんだよ!!助けてよ!!僕もう戦えないよ!頑張れないよ!
逃げたいんだよ!!」
則夫の言葉は心の悲鳴。



「・・・・逃げりゃいいじゃんか。逃げちまえよ」
和己は則夫を見つめながら静かに言った。
則夫はキョトンとした顔で和己を見つめた。
「やっぱり・・・死ねって・・・こと?」
「バーカ!違うよ!」
和己は頭をかきながら言った。
「逃げろって言ったのはお前を苛める奴らから逃げろって言ってんだよ」
「どうやって?」
「転校するとか・・・いくらでも手はあんだろ?」



則夫は和己の顔を見つめて少し微笑みながら言った。
「今までそんなこと言ってくれる人・・・いなかった・・・・」
そして・・・うつむきながら言葉を続ける。
「でも・・・ダメだよ・・・・親が許してくれない・・・逃げるなって言う。負けるなって言う・・・
僕が弱いからいけないんだって言うんだ・・・」


和己は肩をすかして「ケッ!」と言った。
「こんなことに勝ち負けがあるかよ!だいたい何で戦わなきゃなんないんだ?時間の無駄だろ!
俺だったら理由もわからず大勢に苛められたら速攻逃げ出すぜ!誰がなんと言おうと逃げる!
親だって子供の命がかかってんだ・・・わかってくれんだろ」

則夫は目を見開いて和己を見つめていた・・・。
和己は更に言葉を続ける。
「何でお前が死ななきゃなんねーんだよ。馬鹿らしいと思わねーか?苛めてくる側にはどうせたいした
理由なんかねーんだ。たとえあったとしてもやり方が汚いぜ・・・・そんな奴らをまともに相手してんの
時間の無駄だ。だったら新しい居場所探した方がよっぽどいいぜ。何も生きる場所はここだけじゃない」
「中根君・・・」
「もし勝ち負けがあるとするなら、お前が生きて笑っていられれば・・・・・お前の勝ちだよ」

則夫は泣きながら微笑んだ。
和己はニヤリと笑って言った。
「・・・て言っても、頭悪い俺が言ったことだ。あんまし真に受けんなよ。お前が考えてお前が決めろ。
誰よりもお前が1番自分をがんじがらめにしてんだからな。知ってっか?世の中広いんだぜ?」

則夫は・・・肩の力が抜けていくのを感じていた・・・。





心の中で和己に「ありがとう」と言った。





その後クスクス笑って和己に言った。
「中根君・・・君のそのかっこ・・・笑える!!」

赤い派手なマントを羽織っている和己の姿。
確かに笑える格好だ・・・と和己も認める。

「ちぇ!笑ってんじゃねーよ!」
赤くなって則夫に背を向け歩き出した和己。

去っていく和己の後姿を見つめながら則夫はもう一度心の中で囁いた。

ありがとう・・・・僕、逃げてやる。絶対逃げてやる。新しい場所が見つかるまで・・・。
それは負けじゃない。・・・・そうだよね?・・・中根君・・・・。















次の日から則夫は学校に来なくなった。
和己はさして気にしていなかった。
『自由になる』ための準備期間だろうと思った。






1ヶ月後・・・則夫が学校に姿を見せた。

「おはよう中根君」
珍しく遅刻せず教室の席でぼんやりしていた和己に話し掛けた。
「お〜・・・おはよう・・・」
和己は早起き(?)したせいで眠そうな顔で答えた。

則夫は笑いながら言った。
「中根君。僕、転校することになった。今先生に挨拶して来た。今日でこの学校とはお別れだ」
「そっか」
和己は驚くことなく淡々と答える。
「中根君にだけは挨拶したくて教室に寄ったんだ・・・」
「ふ〜ん。授業は出ないのか?」
「うん・・・実は下駄箱にメモが入っててね、先輩から呼び出し受けてるんだ。行かないけどね!
捕まっても面倒だしさっさと帰るんだ」
ニコっと笑いながら則夫は言った・・・それから和己をしばらく見つめて微笑んだ。

「じゃあね。中根君。元気でね」
「ああ・・・」

去って行こうとする則夫の後ろ姿を見つめていた和己
「先輩からの呼び出しって、何時に何処?」・・・とボソッと言った。

和己の言葉に、振り返った則夫はキョトンとしながら言った。
「放課後・・・校舎裏だけど・・・・何で?」
「別に・・・」
それきり黙りこんだ和己を不思議そうに見つめて・・・首をかしげながら則夫は教室を後にした。


去っていく則夫をクラスメート達は気にもとめず・・・・いつもと変わらない1日が過ぎた・・・。

放課後
校舎裏で則夫が来るのを待っている男子が3人たむろっていた。
いつも則夫を痛めつけて金を巻き上げていた奴らだ。

「おっせーなあいつ!」
「来るかな・・・来なきゃ遊ぶ金ねーよ!」
「大丈夫だろ。来なきゃどうなるかあいつが1番わかってんだから」

男たちがそんな話をしていると

「お待たせ〜!待ったぁ〜?」・・と、みょうに明るい声がした。

男たちが声の方を見ると・・・そこには・・・・。



頭には目と口の部分に穴をあけた紙袋をかぶっていて赤いマントを羽織っている
ちっこい変な奴が立っていた。

男達は一瞬唖然として・・・・すぐに怒りの言葉を口にした。

「何だよてめえ!まさか水野か?・・・そうだろ!水野だろ!!」
「違うよ〜」
確かに小柄ではあるが則夫ではないようだった・・・。
「じゃあてめーはいったい誰なんだよ!」
ちっこい変な奴は「クスクス」と笑って答えた。


「僕は正義の味方だよ〜」
その口調は完全におちゃらけていた。

男達はガクンと肩を落として・・・気を取り直したかのように怒り出した。

「嘘つけ!うちの制服着てんじゃねーか!何なんだてめーは!!」
一人の男が殴りかかって来たのを自称『正義の味方』はクルンと体を回して避けて、
その時ついでに男の足を引っ掛けて転ばせた。
倒れる男。
すかさず・・・うつ伏せに倒れた男の背中を思い切り踏みつけにした。

「ぐふっ!」
男は苦しそうに蹲った。


『正義の味方』は「1人目いっちょあがり〜」と言って残り2人の方を見た。

「ふざけんな!」
残り2人は同時にそう叫び『正義の味方』に飛びかかる。
『正義の味方』はポケットから‘何か,を取り出し2人の顔にぶちまけた。


「ふぇ・・・」
「はくしょい!!」
2人はくしゃみを連発した。

・・・・ぶちまけられたのは胡椒だった。

『正義の味方』はその瞬間2人の男の顔を拳で殴り、腹を蹴り上げた。



結局・・・『正義の味方』の一方的な勝利であった・・・。


『正義の味方』は地面にはいつくばる3人のうちのリーダー格と思われる男の頭を足で踏みつけて言った。

「僕『正義の味方』だからさ〜君達みたいな子にはお仕置きしなきゃいけないんだ。ごめんね〜」

残りの2人が弱々しく抗議した。
「何が・・・正義の味方だ・・・顔隠して汚い手・・・使いやがって・・・・」
「そうだ・・・卑怯だ・・・」

その言葉を聞いた『正義の味方』は笑って言った。

「ばっかじゃねーの?お前ら。誰が卑怯だって?お前らの方がよっぽど卑怯で姑息だろ。
何でそんな奴ら相手にこっちだけ正々堂々としてなきゃなんねーんだよ」

踏みつけにしていた男の腹を蹴り上げて・・・・3人を睨みながら言った。

「殴られたら痛いだろ?そんなことも知らねーようだったから教えてやったんだよ」


そう言い残し・・・・『正義の味方』は去って行った・・・・。













和己は校庭の隅にあるゴミ箱に頭にかぶっていた紙袋を丸めて捨てた。
マントを外して・・・・苦しそうな微笑を浮かべた。



「何が正義の味方だよ・・・・正義って何なんだよ・・・」

和己は自分がしたことを正しいことだとも思っていないし、正義だとも思っていない。


俺・・・頭悪いけど・・・わかる。こんなの正義じゃねぇ!
でも・・・じゃあどうしたら良いんだよ!誰か教えてくれよ!



しばらくその場に立ち尽くし・・・・痛む心を抱えたまま・・・・歩き出した・・・・・。

END
2001.7.22