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俺は一人暮らしをしている。
家賃20000円・・・その安さに引かれて借りた。
1DKバストイレ付きのアパート。日当たりも良いし
会社への交通の便も悪くない。

だが、俺は考えが甘かった。
やはり世の中そんなに良い話があるわけがない。


安さの理由・・・。
その部屋には・・・8畳間の壁に1本の腕が生えている。

肘から先が、ニュッと壁から生えている。
女性の腕だ。
色白の、きめの細かい肌、綺麗な手、すらっとした指、爪には赤いマニュキアを塗っている。


社会人になってから住み始めて、早くも半年たった。
初めのうちは気持ち悪くてすぐに出て行こうと思ったが、人間の『慣れ』ってのはすごいもので、危害も加えなさそうだし今は、『まぁいいか』と思っている。
さすがに触ったことはないが、この奇妙な腕と平和に同居している。

しかし・・・この腕、時々物欲しげに動きだす。
ためしにビールの缶を握らせてみたが、お気に召さなかったらしく思い切り額に投げつけられた。

次にりんごを握らせてみた。
・・・握りつぶされた・・・。
どうやらこの腕は力持ちらしい・・・。

最近、手が・・・まるで「貴方が欲しいの・・・」と言うように怪しく手招きをする。
俺が手を伸ばすと、握手をして欲しそうに蠢く。
でも、この手と握手してしまったら、何かよくないことが起きそうで・・・。
俺は未だに手には触れていない。


この奇妙な腕の話を、昨晩一緒に飲みに行った会社の同期、斉藤に話したら・・・。
真剣な顔で俺に「その腕に会わせてくれ」・・・と迫らせた。
「俺、今まで黙っていたけれど『手フェチ』なんだ」
斉藤は興奮気味にそう語った。
綺麗な手を見るとゾクゾクするそうだ・・・。
斉藤の趣味は理解できないが、今夜、斉藤にこの腕と対面させることになった。

「いやぁ!わくわくするなぁ!」
俺のアパートに近づくにつれ、嬉しそうにニヤケる斉藤。
俺は苦笑いしながら部屋のドアを開けた。


「す・・・素晴らしい・・・・」
腕とご対面をした斉藤は、感動のあまり、しばらくうっとりとして動けないようだった。

「何もかも俺好みの手だ・・・」
涙ぐむ斉藤・・・俺にはやっぱり理解できない世界だ。

感動しまくる斉藤に、腕が反応を示した。

誘うように手招きをする。

斉藤は吸い込まれるように腕を伸ばした・・・。

「おい・・・」
俺は止めようと思ったが・・・遅かった。

がっちりと、その手と握手した斉藤。
「うわぁ・・・この手・・・俺のこと好きだって言ってるようだぞ」
斉藤はわけのわからないことを言って
手に頬擦りをした・・・・。

斉藤はしばらくその腕と戯れて、名残惜しそうに帰って行った・・・。

『斉藤も喜んでいたし・・・ま、いっか・・・』
俺は単純にそう思ってしまったが・・・。

次の日、斉藤は行方不明になった。
そして・・・俺の部屋の腕も姿を消した・・・。


俺は激しい後悔に襲われた。
『きっとあの腕が斉藤を連れていってしまったんだ』
そう思い、後悔した・・・。

『斉藤・・・ごめん・・・』
心の中で、何度も謝った・・・・。


が・・・。


一週間後・・・・壁の腕が帰ってきた。
しかも・・・腕が増えた。
今までの女性の腕と共にやってきた・・・男性の腕。
その新入りの腕は・・・斉藤の腕に良く似ていた・・・。
仲良く並んで壁に生える腕。
2本の腕は、まるで常夏の島にでも行っていたように、こんがりと日焼けしていた。


俺は新入りの腕に尋ねた。
「・・・お前・・・斉藤だろ・・・」

新入りの腕・・・斉藤は、俺の言葉に嬉しそうにピースする。

「お前ら、新婚旅行にでも行ってきたのか?」
呆れたように言うと、2本の腕は照れくさそうに絡み合う。


斉藤は幸せそうだ・・・。


「・・・お前が幸せなら・・・ま、いっか」
俺はそう納得した。


1年後・・・またまた腕が増えた。
今度は子供の腕が2本。
どうやら子供が生まれたようだ・・・・・・。

俺は斉藤と女性の手にワイングラスを持たせてやり、一緒に乾杯をした。

「幸せでなによりだ・・・」


END