index


さよならの一歩手前

人生、いつ何が起こるかわからない。
俺は、会社帰りに車に跳ねられて死んだ。
32歳・・・短い人生だったよな・・・。
そして今日、火葬場で焼かれるところを見届けた。

何で自分で自分を見届けられるのかって?
この世に未練があって幽霊になってさまよっているからだ。

未練・・・死んだ日の朝、妻・・・奈緒と大喧嘩したのだ。
会社へ行く前に色々愚痴を言われて、『朝っぱらからうるさい!』
って怒鳴ってしまった。

『隣の奥さんの旦那さんは優しそうでうらやましい』
『4丁目の佐藤さんの旦那さんは家事を手伝ってくれるんですって』
『友達の由美は海外旅行に連れて行ってもらったって言ってた』
・・・他の旦那と比較され、俺も頭にきてしまった。
奈緒も俺もイライラしていた。

俺は仕事が忙しくて奈緒とゆっくり会話をする時間もなかった。
結婚して3年になるが、海外どころか温泉旅行にだって連れて行ってあげられなかった。
休日だって出勤することが多く、たまに家にいることがあっても寝てばかりだった。


『私より会社の方が大事なんだね!』
『誰のためにこんなに忙しい思いをして仕事をしてると思っているんだ!』
『私のためだって言いたいわけ?私のせいで自由になれないって言うのなら
いつだって別れてやるわよ!』
『ああ、そうかよ!そうだな、お互いのためにそうした方がいいかもな!』

そう吐き捨てて俺は家を後にした。
俺達の最後の会話・・・。

『秋君の馬鹿!』
閉じた扉の向こうから聞こえた彼女の言葉。
秋良・・・俺の名前。奈緒は俺を秋君って呼んでいた。

今朝の喧嘩・・・・お互いの酷い言葉。
・ ・・・・・本気じゃなかった・・・・・。
奈緒だってきっと、本気じゃなかった。

奈緒はちょっと子供っぽいところがあった。
喜怒哀楽も激しくて、時々喧嘩もしたけれど、俺は奈緒が大好きだ。
嬉しい時に見せてくれる笑顔は世界一だ。
気が強いけれど、寂しがりや・・・そんな奈緒の性格を知っていたのに
俺は彼女を一人ぼっちにして、寂しい思いをさせていた。

でも、それは・・・今だからこそ思えることで、生きていた時は心に余裕がなくて、そんな
ことも考えられなかった。

俺の事故を知り、病院へ駆けつけた奈緒も、葬式の最中の奈緒も、
俺を見送った後の奈緒も・・・・まるで抜け殻のようになっていた。

奈緒は今、激しい後悔に襲われている。

奈緒の心の言葉が流れ込んでくる・・・。

ごめんなさい。ごめんなさい。
心の中で泣きながらその言葉を繰り返す。

最後の会話があの喧嘩・・・。
こんな別れ方をするなんて、俺も奈緒も思っていなかった・・・。

奈緒は必死に心の中で詫びる。
必死に願う。

大好きな秋君。
ごめんなさい。
酷いこと言ってごめんなさい。
寂しかったの。
辛かったの。
もう我侭言わないから・・・・
だから・・・・
だからいなくならないで。
私を一人にしないで


奈緒は虚ろな瞳で、俺の写真を見ている・・・。
激しい後悔。

もう一度時間を戻せるならば・・・
例え同じ運命が待っていたとしても
もう一度あの朝をやり直せるなら・・・。

一緒に幸せになりたかった。
一緒にいて幸せだった。

少しの間だったけれど奈緒と一緒に生きることができて・・・幸せだった・・・。

せめて・・・この気持ちだけでも伝えることが出来るなら・・・。






「・・・き君」

遠くで誰かが呼んでいる・・・。

「秋君」

あれ?・・・これって・・・奈緒の声?

「秋君ってば・・・遅刻するよ・・」

目を開けた俺の視界に、心配そうに俺を覗き込む奈緒の顔があった。

俺はガバッと身体を起こし、キョロキョロした・・。
見慣れた寝室の、使い慣れたベッドの上、着慣れた寝巻き姿の俺・・・。

「夢・・・だったのか・・・」
「秋君、どんな夢見てたの?・・・泣いていたよ・・・」
奈緒が不安げに尋ねた。
とてもリアルな夢だったので、話す気にもなれず
「起きたら忘れちゃった」・・・と誤魔化した。

俺たちはまだ結婚して1年だ。夢の中はもっと未来だった気がする・・・。

単なる夢か・・・俺はホッとした。
そして、数日経つとそんな夢の事も忘れてしまった・・・。



2年後・・・俺は聞き覚えのある会話、見覚えのある朝の風景に出会う。





「私より会社の方が大事なんだね!」
「誰のためにこんなに忙しい思いをして仕事をしてると思っているんだ!」
「私のためだって言いたいわけ?私のせいで自由になれないって言うのなら
いつだって別れてやるわよ!」
「ああ、そうかよ!そうだな、お互いのためにそうした方が・・・・・」



俺は途中で言葉を飲み込んだ・・・・。
奈緒の言葉を聞きながら思い出した。


突然黙り込んだ俺を、奈緒は不思議そうに見つめていた。



・・・・夢のおかげで、伝えたいことを戸惑うことなく言葉にできる・・・。




「いつも寂しい思いをさせてごめん。でも、俺は奈緒のことが大好きだよ・・・・」




END