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風鈴


夏休み

子供の頃、俺は父方の祖父母の家に泊まりに行った。
毎年・・・・中学生になるまで遊びに行っていた。

小学4年の時は両親が行けなかったので一人で電車に乗って行った。
当時の俺には大冒険だった。



『ちりん・・・』

風鈴の音を聞くと田舎の家を思い出す。
必ず軒に下がっていた・・・・。
高い天井、木の家・・・畳の匂い・・・・・部屋数が多くてよくかくれんぼして遊んだ。

縁側からは山と緑・・・・涼しい草の香りがする風が通り過ぎる。
































『ちりん・・・』

「へぇ〜風流だな・・・・風鈴か〜」
夜、父さんがビールを飲みながら縁側で綺麗な音に耳をかたむけている。

「隣の奥さんがくれたのよ。いい音よね〜」
そう言って母さんも父さんの隣に座り晩酌の相手をしだした。
「ちょっと秋男!!テレビ消してよ!!風鈴の音邪魔しないで!」
母さんが俺を睨む。
「だって・・・サッカーのニュース見たいのに・・・」
ウチには縁側のある和室にしかテレビがなかったので
俺は食い下がったが・・・母さんに勝てるはずもなく・・・しかたなくテレビを消した。


『ちりん・・・』

俺の耳にも風鈴の音が響く・・・・・・。


何だか・・・・・変な気分だ・・・・。

何か忘れているような気がする・・・。





『私が見つけたら・・・・くれる?』


頭の中で小さな女の子の声がする・・・・・・・。


















「え〜!俺一人で行くの?」
「だってお祖母ちゃんどうしても秋男に会いたいんだって!今日電話があったの」
にこやかに微笑む母さん。
「あんた・・・ここ数年お正月もお盆もパスしてたでしょう?
たまにはゆっくり顔見せといで!!」
そう・・・友達と遊ぶのが楽しくて
高校生になってからはバイトも加わりしばらく顔を見せてなかった・・・。







高校2年になっていた俺。
もうすぐ夏休み!!俺はバイトしまくろうと計画を立ててたのに
祖母ちゃんの所へ1週間行くことになった・・・・。

両親は今回仕事とご近所付き合いでお盆に行けそうにないんだそうだ。












夏休みに入り・・・・

3時間ほど電車に揺られ小さな駅で降りる。
懐かしい風景。
「ここからバスか・・・」



バスには俺以外お客は乗っていなかった。
窓からは山と野原とたまにポツンポツンと民家が見えた。


「1週間も祖母ちゃんと2人か・・・・何話そう・・・・」
祖父ちゃんは既に他界していた。
父さんは一緒に暮らそうと誘ったが祖母ちゃんは住み慣れた土地から
離れなかった。



バスが、目的の停留所に近づくにつれ見慣れた風景が目に入る。
道のお地蔵様、よく遊んだ川・・・・虫を探して走り回った林。
そしてこの蝉の声!!
クスッと笑う。
最初は「めんどくさい」とか思ってた俺・・・何だか楽しくなってきた。
せっかく来たんだ・・・楽しもう。



木戸を開け庭を通る。・・・少し庭が荒れているように感じた。
昔祖母ちゃんはよく草むしりしていたけれど・・・もう歳だから辛いんだろな・・・。
いる間にやってあげようかな・・・・と考えながら玄関の戸を開ける。
戸の枠の上についていた鈴がチリリンと鳴った。

「祖母ちゃん!俺だよ〜!秋男だよ〜!!」


呼びかけたが・・・・何の返事もない。
「・・・買い物でも行ってるのかな・・・」


そう思って勝手に上がってしまった。
長い廊下を歩いて1番眺めが良くて庭が見渡せる縁側にドサッと荷物を降ろし
腰掛けた。

ここにいれば、祖母ちゃんが帰ってきたのもわかるのだ。


しばらくぼんやり景色を見つめていた。




『ちりん・・・』







頭の上で風鈴が鳴る・・・。


軒下に吊るされた風鈴を見上げた。






その時・・・昔かくれんぼしている風景が頭に浮かんだ・・・。



よくかくれんぼした・・・・・・・。












でも・・・・・・・誰と?




俺の父さんは兄弟の末っ子でしかも一人だけ歳が離れていた。
結婚も遅かったので俺の従姉妹達は俺が子供の頃・・・既に
結構な年齢だったはず・・・。

でも俺の中には自分と同じくらいの子供と一緒にかくれんぼ
した記憶がある・・・・。






『私が見つけたら・・・・・・・でも・・・くれる?』




頭の中でまた小さな女の子の声がした。

「何だよ・・・いったい・・・」
俺の胸にわけのわからない不安が過ぎる。




・・・と、広い家のどこかから・・・・・数を数える少女の声が聞こえてきた・・・。



「い〜ち・・・に〜い・・・さ〜ん・・・」




俺の背中を冷たい汗がつたう・・・。

「・・・・見つかっちゃいけない・・・・」
何故かそう思った。


俺は外に出ようと庭へ裸足のまま降り立った。


「きゅ〜う・・・じゅう・・」



その時少女が10数え終わる声がした・・・・。


がさっ!


庭の奥の方で音がした!!
俺は逃げ道を変更し再び家の中に戻り
部屋から部屋へ移動し隠れる所・・・逃げ道を探す・・・。




自分に少しずつ近づいてくる気配を感じる。

見つかっちゃいけない!!見つかっちゃいけない!!
心を締め付ける圧迫感!



突然ひやりと・・・後ろから冷たい手が俺の腕を掴んだ。


「ひっ・・・」
腕を払い目線を移すと
そこには花模様の浴衣をきた小さな女の子がいた。



「秋ちゃん・・・見つけた・・・」

おかっぱ頭で肌が透けるように白く真っ黒に輝いた大きな瞳が
俺を見ている。


俺はその場に座り込んだ。力がまったく入らなかった。



女の子は嬉しそうに俺を見つめる。
「やっと見つけられた・・・・嬉しいな・・・・」

この子だ・・・俺と昔・・・かくれんぼしたのは・・・この子だ・・・。


いつからだったろう・・・
遊びに来ると、どこからか姿を現す少女。

いつも決まって俺が一人でいる時だった。


小さな俺は不思議にも思わず遊んだ。
いつもかくれんぼだった・・・。
俺は隠れるのが結構上手くて少女はなかなか見つけられずにいた。

小学6年の時・・・最後にここへ来た夏休み。
俺達は賭けをした。
少女が言ったのだ。


「もし私が秋ちゃん見つけられたら・・・何でも・・・くれる?」


少女はいつも幼く見えて・・・すっかりお兄ちゃん気分になっていた俺
少女の言葉に答えた。

「いいよ!何でもあげるさ!!見つけられたらネ!!」

俺には見つからない自信があった。


でも・・・・・・そうだ・・・このかくれんぼは・・・・・途中で中断されたんだ・・・・。
俺は全てを思い出し始めていた。
かくれんぼをしていた最中に母さんの実家から電話があり
母さんの兄弟が事故で大怪我して病院へ行くことになった。

俺は女の子を探したけれど見つけられなくて時間もなく
そのまま黙ってここを後にしたんだ・・・。


俺は少女の姿をみてゾッとする・・・。

何一つ変わっていない少女・・・。
そうだ・・・少女はずっと成長していない・・・。

「お前・・・いったい・・・・」
舌が凍り付いて言葉が上手く出ない・・・・。

少女は俺を見ながら微笑んだ。
「もう一人ぼっちじゃないんだ・・・・」


少女が俺に近づきゆっくりと言った。
「私が欲しいものはね・・・・」





少女が冷たく笑う・・・・。




















「秋男ちゃん?」
スイカを手にし玄関を上がる。
「すまんねぇ留守して・・・秋男ちゃんの好きなスイカを買いに行ってたんだぁ・・・
どこにいるんだぃ?」
部屋の中を探しながら・・・ふと・・・縁側に目をやった。
そこには秋男の物と思われる荷物が置いてあった。

「秋男ちゃん?・・・秋男ちゃん?」

いくら呼びかけても秋男からの返事はない。

『ちりん・・・』と風鈴の音が鳴る・・・・・・。
2001.6.13