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女王様に乾杯!
「完敗…かな?」(洋介談)

 10月も終わりに近づき、秋もますます深まってきた。
 そういえば…。ドタバタして忘れていたけれど、俺と香苗の勝負ってどうなったんだ?
 香苗が勝負の内容を仕切り直すって言ってたけど、あれから何の話もない。
 俺たちの仲も相変らずで…。
 そんな時、市田社長から会社経由で香苗宛に何やら封筒が送られてきた。
 派手な薔薇の絵がプリントされた封筒。香苗は訝しげに封を開け、中に入っていた手紙を真剣な顔つきで読んでいる。ただならぬ雰囲気…。
 「…洋介。」
 「な、何だ?」
 「今週末、暇?」
 「え?ああ…特に用事ないけど…。」
 「じゃあ、金曜日の夜、ここに来て。」
 香苗はメモにサラッとペンを走らせ、俺に手渡す。
 『金曜日7:00p.m. Kホテル喫茶店』と書かれていた。
 「何だよ、これ。」
 「いいから、必ず来なさいよね。私はその日、客先から直行するから、よろしくね。」
 そう言って、そこから先は何も教えてくれなかった。
 謎のまま迎えた週末。俺は早々に仕事を片付けKホテルへ向う。
 6時40分。Kホテルに無事到着。だだっ広い玄関ホール。天井も高い…凄いホテルだ。一泊どれくらいするんだ?
 俺の給料じゃめったに泊まれないだろうな。
 ホールの一角に喫茶コーナーがある。多分ここのことだよな。ちょうど中庭が見える位置にあり、ゆったりと出来そうだ。
 俺が椅子に座ろうとした所で、ホテルの制服を着た女性が声をかけてきた。
 「失礼ですが、椎名洋介様ですか?」
 「え?あ、はい。そうですが…。」
 「宮内様がお待ちです。ご案内いたします。」
 「ご案内って、何処に…。」
 「こちらです。」
 女性は慣れた仕草で俺を誘導してくれる。
 エレベーターに乗り、どんどん上へ登って行く…。最上階で降り、さらに廊下を歩き…重厚な木の扉が現れる。女性は手にしていた鍵を鍵穴に差し込み扉を開ける。
 導かれるまま足を踏み入れた先に、更に扉が現れる。もしかして、ここって、このホテルのVIPルーム??
 な、何でこんなトコに案内されるんだ?
 俺が強張った顔で女性に付いてっていると、女性が緊張を解きほぐそうと柔らかな笑顔を向けてくれる。
 「当ホテルの特別スイートルームでございます。」
 「と、特別って…。」
 「宮内様がお待ちですよ。」
 そう言って、インターホンを鳴らす。
 香苗が待ってるって言われても…何でこんなトコで待ってるんだ?
 数秒後、扉が開き香苗が顔を出す。
 「洋介。ピッタリ7時ね。」
 「香苗…。」
 「では、私はこれで失礼いたします。」
 案内してくれた女性は軽く会釈し帰っていく…。何となく取り残される気分になり、目で追ってしまう。
 「ちょっと、何を心細そうな顔してんのよ。さ、入って!」
 腕を引っ張られ、部屋に引きずり込まれる。
 「ね、見て。凄い部屋でしょう。」
 「…す、すげぇ…。」
 思わず声に出してしまう。
 「でしょう!さすがKホテルの特別スイートルームよね。部屋が3つ、浴室とは別にシャワールームもあるのよ。しかも、どこからでも夜景が見られる。」
 少し興奮気味に部屋の内装の凄さを語る香苗だけど、俺が『凄い』と言ったのは、違うんだ。
 「洋介?」
 振り返る香苗。香苗の背後には大きな窓があり、宝石を散りばめたような夜景が広がってる。
 香苗は、その夜景に負けることなく凄く綺麗で…。
 「洋介ってば、何呆けているの?」
 気が付くと香苗の顔が間近にあって、俺は思わず後退り…。
 「か、香苗。これ、どういうことだよ。」
 そうだよ、こんな部屋、俺や香苗の給料で宿泊できるわけがないし…。
 香苗は楽しそうに笑う。
 「そりゃ驚くわよね。スイートルームなんて新婚旅行くらいでしか泊まるチャンスないもの。しかも、この部屋人気があって、結構前に予約しないと取れないのよ。」
 「そんな部屋に、どうして香苗と俺がいるんだ?」
 「市田社長からの贈り物よ。」
 「…へ?」
 市田社長から???
 「勝負で私たちに勝った時のために予約しておいたんだって。」
 「何だって??」
 ってことは…市田社長はここで…。
 「ここで洋介と愛し合いたかったって手紙に書いてあったわ。」
 俺が考えていたことを香苗が耳元で囁く。
 うあーーー。市田社長、本気で俺と熱い夜を過ごすつもりだったのか〜!!
 「市田社長はキャンセルするのを忘れていたし、せっかくだからって勝者の私に贈ってくれたの。…もちろん条件付だけどね。」
 「条件って?また何か無理難題を…。」
 「全然。私にとっては簡単なことよ。」
 香苗が自信に満ちた笑みを浮かべ、俺の頬に手を触れる。
 「香苗…?」
 「洋介、私のこと好きだと言ったわよね。あれ、今でも変わってない?」
 香苗が真剣な眼差しを向ける。
 「変わってるわけないだろ。」
 「覚悟は出来てるの?」
 「覚悟…?」
 「私は今回のことで色んなことを知った。少しだけど、人に対しても自分に対しても許容範囲が広がった…。でも、洋介に対しては、きっと昔の私同様に全てを全力でぶつけてしまう。」
 香苗の手が俺の肩まで移動し、突然後ろに押される。そんなに力強くはなかったけど、身構えていなかっただけに、よろけてしまい、背中に硬いものが当る。背後は次の部屋に行くための扉だった。
 香苗は俺の両腕辺りの位置で壁に手をつき、俺を見つめている。その瞳は…猫が獲物を狙っているように鋭い。けれど、とても綺麗で吸い込まれそうになる…。
 「洋介。本当に良いのね?私の気持ちを全部洋介に向けても。それを望んでくれるのね?」
 まるで最終確認のようだ。
 俺は一呼吸置いてから、胸を張って答える。
 「ああ。もちろん。」
 香苗の気持ち全部が俺に向くのなら、俺にとっては好都合。
 俺の返事を聞いた香苗は「そう。」と言い…その後見せたのは、小悪魔のような笑み。香苗の強い欲望を感じ、思わずゾクリとする。
 「なら、手加減なしで行くわよ。」
 「おい、手加減って…。」
 途中までしか言えなかった。香苗の唇で言葉を遮られる。息をするのを忘れるくらいのディープ・キス…。ドサッと音して、自分が鞄から手を放したことを知る。
 って、いつの間にか、香苗は俺の上着を脱がし、ネクタイに手をかけていた。なんつーか、俺は完全に香苗のキスのテクニックにハマり、なすがままになってた。
 ようやく唇を解放され…。甘い吐息混じりで、香苗が囁く。
 「…洋介。もう止めることなんて出来ないんだからね。泣いてもわめいても、3日3晩、この部屋から出してあげない。」
 「か、香苗、そういうのは普通男が言う台詞…うわぁ!」
 香苗が素早い手つきで背後のドアノブを回したようで、いきなり扉が開き、またもや後ろによろけてしまった。数歩後退り、仰向けに倒れてしまう。が、俺の背中を受け止めてくれたのは、柔らかなベッド。
 うわぁ〜。立派なダブルベッドだ…。などと感心していたせいで、俺が起き上がる前に香苗に組み敷かれてしまう。
 俺を見下ろす香苗がクスリと笑いを洩らす。
 「…子供の頃、いくら私が洋介に勝っても、洋介の心は私のものにならなかった。目障りでムカついて、気になってどうしようもなかった。結局最後まで私は洋介の気持ちを掴めなかった。だからずっと覚えていたのよね。…今思えば、あれが本当の初恋だったのかもしれないわね。」
 「え…?」
 香苗が俺のワイシャツのボタンを一つずつ外していく。
 「ねえ、洋介。私たちの最後の勝負、考えたわよ。」
 「…どんな内容?」
 「市田社長の条件がヒントになったのよね。あの女、『椎名君の心も体も嬉しい悲鳴を上げさせるくらい愛しなさいね。ボヤボヤしてたらいつでも私がかっさらっちゃうわよ。』だって。」
 …嬉しい悲鳴って…。市田社長〜。毎度のことながらお茶目な人だ〜。
 「いい、洋介。勝負の内容言うから良く聞いてて。…一生ものの勝負よ。」
 「一生もの?」
 「そう…。一生かけて、愛情で相手を『まいった。』って言わせるの。」
 「愛情で負かすって…激しそうな勝負だな。」
 「そうよ。私の愛で嬉しい悲鳴上げさせてあげるから、覚悟しておきなさいよね。」
 「香苗こそ、あっさり『まいった』するなよな。」
 ひとしきり笑った後、香苗が俺を愛しそうに見つめてくれた。少し泣きそうにも見える潤んだ瞳…。
 「私は、いつでもどんな時でも、洋介に気持ちを注ぐわよ。妥協なんてしない。私の全てをかけてあなたを愛し、ぶつかっていくわよ。だから、全身で受け止めて。」
 「…ああ。」
 「同じように洋介にも愛されたいし、妥協なんて許さない。洋介の全てをかけて、私を愛して。私は手をつないでゆっくりと歩いていくような愛情なんていらない。私と一緒に全力で走って行って。常に私の隣で走り続けていて。そして…。」
 香苗は俺の右手に指を絡ませ、小さな声で呟く。
 「そして、私が転んだ時、優しく手を差し伸べて…。」
 俺は思わず笑ってしまう。
 「随分要求が厳しいなぁ。」
 「あったり前でしょう。私って女を手に入れるんだから。」
 「はいはい。」
 「いいわね。今言ったこと、忘れないで…。」
 俺はありったけの想いを込めて微笑んだ。
 子供の頃、女王様だった香苗は今でも変わらず、とびきり綺麗でカッコイイ…そして可愛い女王様で…。
 多分俺は一生敵いっこない。でも、香苗の隣を走り続けることが出来るのは、きっと俺だけだって自負してる。
 香苗が屈みこみ、ゆっくりと顔を近づけてくる。俺は静かに目を閉じた…。

 そして、心の中で誓う。

 全身全霊であなたを愛します…。
 俺の女王様。

 ……その夜、俺は何度も『まいった』と言いそうになったが、何とか耐え抜いた…。





 (おまけ)
 『部屋から出してあげない』って言われていたけれど、次の日の朝、俺はもう一人の『お姫様』のことを思い出し、慌てて外出許可をもらいアパートへ帰る。
 ドアを開けると、ちょこんと玄関に座り込んでいたお姫様。
 恨めしそうな顔で俺を見つめていた。
 「姫!悪かった!今ご飯の用意するから。」
 じとっとした目つきで俺を目で追う姫。俺は冷蔵庫から姫の大好物、鶏のささ身を取り出して、火を通し細かく裂いた。
 「大変お待たせいたしました。」
 お皿に盛って差し出すと、姫が『しょうがない。許してやるか』って感じに「にゃ〜」と鳴き、食べ始めた。
 こっちの姫も、一生愛します。

2003.9.25 おしまい♪

ここまで読んで下さった方、感謝です。
この物語に関しては『あとがき』は何も思い浮かばなかった。
全部物語りの中で語れたって感じです。
あ、最後に一言。女の子攻めは最高だ〜!←バカ(汗)
少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。次回作もよろしく〜(^^)