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佐野百合子の場合

「楽しんで原因を考えてみませんか・・・・・」
何悠長なこと言ってんのよ!!
女子トイレの個室で佐野百合子は半泣き状態で嘆いていた。
佐野百合子。23歳。入社3年目。自分で言うのもなんだが容姿はかなり良い。
肩までのサラサラストレートヘア、目は大きくまつ毛は長い、今でも10代に間違えられる
ことが多いほどお肌もぴちぴち!美人・・・というより可愛い・・・といった感じ。
当然会社ではかなり男性社員に人気がある。毎日のように飲みに行くお誘いがあるので
断るのも一苦労!いい加減うんざりしている程だ。

・・・と、そんな私なのだが!!今、大ピンチ!!・・・せめてもの幸いは・・・・ちょうどお手洗いに
来ている時子供になったってことね・・・・・・。鏡に映った自分を見て愕然とした。
運が良いことにその時他に誰もいなくて5つある洋式トイレの1つに逃げ込んだ。
蓋を閉めた洋式の便器に座りながらため息をつく・・・。ここから出るに出られない・・・・・。
その理由は・・・・・私は子供の頃・・・・・とてもとても肥っていたのだ。


子供の頃・・・そのことで私はコンプレックスの塊だった。
小学校の頃初恋の男の子に「デブデブ〜!!」とからかわれた時には・・・・泣いた・・・・一晩中
泣き続けた・・・・。もう二度とこの姿を見ることはないと思っていたのに・・・・・・・。
高校生になったあたりから私は痩せ始めた。もちろん、運動や食事にも気をつけ、努力した。
その努力が実り、徐々に痩せていき、自分でもビックリするくらい、綺麗になった・・・・・・。
信じられないくらい・・・・もて始めた・・・・・。嬉しかった!


「・・・こんな姿を麻衣子に見られたら・・・・」

考えるだけでゾっとする。相田麻衣子は同じ部署の1歳年下の後輩。とても綺麗な子で
本人もそれを自覚している。
男性社員達は彼女を「顔も性格も可愛くて理想の結婚相手?1」と言っているそうだが・・・
私から言わせると性格最悪!自信過剰!計算高くて自己中心的!男と女とでの接し方が180度違う
最低女・・・・なのだ。
麻衣子は私をライバル視しているようで、可愛い後輩を演じながら裏では色々言ってるようだ。
もちろん、そんなことで負ける私ではない。飲みの誘いを選別して役立たせている・・・・。
男性社員が騙されないよう麻衣子の本性を遠まわしに伝えてあげているのだ!!

もし麻衣子にこの姿を見られたら・・・・麻衣子は鬼の首を取ったように喜ぶであろう・・・。
ああ・・・・トイレから出られない・・・。


その時、トイレに誰かが入って来る気配がした。そして隣の個室に入った。

耳をすまして隣の様子をうかがうが、・・・どうやら用を足しにきたわけではないようだ。
そして小さな小さなため息がきこえた。


しばらくお互い沈黙が続く・・・・。


お隣さんも何らかの事情でここに逃げ込んだのかしら・・・。徐々に私はそう思い出していた。


「あのぉ・・・・」「すいませ・・・」
同時に声を掛け合う。「あのぉ・・・」が私だ。

お隣さんは遠慮がちに聞いてくる。
「・・・あの・・・具合悪いんですか・・・?」

「いえ・・・そうではなくて・・・」
具合が悪いなどと言って、下手に騒がれでもしたら厄介だ。

「・・・あなたは?」
「・・・私も具合が悪いというわけでは・・・」
「じゃあ何で閉じこもっているの?・・・」
「・・・あ、あなたこそ・・・」

探りあいの会話が続く・・・・。

・・・私、この時、直感で・・・隣にいるのは・・麻衣子ではないかと思う・・・。
根拠はない・・・が、なんとなくそう思う。

私は思い切って言う。
「もしかしてあなた・・・相田さん?」


「・・・・・・・」
しばらくの沈黙。そして・・・

「・・・そういうあなたは佐野・・・先輩ですか?」

やばっ!
私冷や汗が出てる・・・・。相手も・・・私だと感じていたのか?
あせり・・・・と同時に期待・・・もする。
もし相手が麻衣子なら・・・・私と同じ理由でここに逃げ込んだのではないか?


それから私とお隣さんは何も話さず、ずっと黙り込んでいる。
想像だけが膨らんでいく。私も、たぶんお隣さんも。

お隣さんが麻衣子なら、私と同じ理由で・・・・・・子供の頃の自分の姿が嫌いなのかしら・・・。
昔の麻衣子はどんな姿をしていたのだろう・・・・・。
私のように肥っていたのかしら・・・・・。
どんなコンプレックスを持っているのかしら・・・・。


お隣も・・・同じように想像しているのかしら・・・・・・・・。



期待と不安の入り混じった想像の世界が続く・・・・・。



どれくらいの時間が経っただろう。
腕時計を見る。もうすぐ終業時間だ・・・。


ふいにトイレに入って来る足音がする。
私とお隣さん、そちらに神経を集中する・・・・。


「どうしよう・・・このまま明日まで元の姿に戻れなかったらどうしよう・・・」
泣きながら話す女の子の声。
「美奈・・・・落ち着いてよ・・・・」
・・・美奈?・浅井美奈・・?何で泣いてるんだろう・・・・。
浅井美奈は私より2歳年上で隣の課の先輩。無口で地味な存在。
「この人は怒ることはないのだろうか?」というくらいいつも穏やかだ。
あまり・・・存在感のない人・・・・・この先輩といる時は私はいつも楽だった。
楽・・・・・・・・・頑張らなくても優越感を感じることが出来たから・・・。
先輩は可愛いとか綺麗とか・・・そんな言葉とは無縁の人だったから・・・・。

私・・・嫌な奴だな・・・・・・そうとも思う。

・・・・でも!昔・・・子供の頃・・・私の友達はみんな感じていたはずだ。優越感・・・・。
口には出さないけれど・・・絶対に!



私は浅井先輩の次の一言に打ちのめさせる。
「・・・明日は・・・夜、佐々木さんのご両親に会う予定なのに・・・・」

佐々木・・・さん?・・・まさか営業部の佐々木さん?

「・・・そっか・・・美奈と佐々木さん結婚するんだもんね・・・・」

け・・・結婚?
「でもさ、今は彼も子供姿なんだし、何とかごまかして予定変更してくれるよ!」
「・・・そうかな・・・ご両親・・・嫌な思いしないかな・・・」
「大丈夫だよ〜」

2人の会話を聞きながら私は願う・・・どうかどうか・・・あの佐々木さんのことじゃ
ないように・・・・と。


「でも美奈・・・すごいよね!!営業部の佐々木さんといえばかっこいいし仕事も出来るし、お金持ちだし
女子社員の憧れの的!・・・その佐々木さんゲットしちゃうんだから!」

が〜ん!!頭を殴られたような衝撃。
営業部の佐々木さん・・・・聞き間違いではないの・・・?
・・・営業部の佐々木先輩・・・私・・・狙ってたのに・・・・・・。
彼が参加する飲み会はかかさず行っていた。結構頑張ってアプローチしていたのに・・・・。
人気はあったけれど・・・振り向かせる自信・・・あった。要注意のライバルは麻衣子だけだった。
麻衣子も密かに佐々木先輩狙っていた。

「・・・からかわないで・・・・」
美奈先輩の恥ずかしそうな控えめな声・・・・。

「・・・私ね・・・今まで自分に自信がなくて・・・佐々木さんから告白された時も
すぐには信じられなかった・・・・・・・私も佐々木さん・・・好きだったけれど私なんか相手にされないと
思っていたから・・・・」


私だってそう思うわよ・・・!心の中で叫ぶ。

「でも・・・彼・・・私に言ってくれたの・・・・私といると・・・とても安らぐ・・・って・・・・ずっとずっと
側にいて欲しい・・・って、そう言ってくれたの・・・私でなきゃ嫌だって言ってくれたの・・・」
「・・・そっか・・・くぅ〜!いいなぁ・・・幸せそうで!・・・今の美奈・・・とても可愛いよ!」
「あ・・・ありがとう・・・・・・・・あ!」

ここで初めてトイレの個室が2つ使用中だということに気が付いたらしい。
ひそひそ話した後で足早に2人が出て行く。



残された私とお隣さん・・・・。



私は・・・・心の中がめちゃくちゃだった・・・・。ぶつけようのない怒りに似た感情と・・・恥ずかしさと・・・
やりきれない気持ち・・・・・・。






肥っているとか可愛くないとか・・・そんなんじゃなくて・・・・
自分のことを・・・とても醜くいと感じた・・・・。

美奈と自分を比べて優越感に浸って良い気分になっていた自分・・・・・・
そんな自分を捨ててしまいたかった。

心が痛い・・・・・・。



私は泣いた・・・・声を出して泣き続けた・・・・隣を気にする必要はなかった。


だって・・・お隣さんも・・・大泣きしていたから・・・・・。




そして・・・終業ベルが鳴った・・・。

2001.3.29

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