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坂上登の場合

森山賢治・・・・彼を見た時、俺は目を疑った。

何度も会いたいとは願ったが、まさか会える日が本当に来るとは思っていなかった・・・・。

彼の姿を何度も見直した。間違いなく、森山だ・・・・。間違えるわけがない。俺は1日たりとも
森山のことを忘れたことはない。彼の笑顔、話し方、仕草が森山だと証明している。
・・・そのどれもが懐かしい。


坂上登。62歳。株式会社ミナモトサービス代表取締役社長。社長室にある鏡に自分の姿を映す。
子供姿の自分はとても懐かしい。坊主頭で体格の良い。昔の自分。

終業時刻まであと少し・・・そろそろ行こう・・・・。

俺は社長室を出て屋上へ向かう・・・彼に会いに行くために。

そう・・・今日社員全員に、この・・・不思議な時間を贈ってくれた張本人に。

彼は絶対に屋上へ戻るはずだ・・・そう確信している。

屋上への階段を上がりきり、扉を開ける。

「やっぱりいた・・・」

屋上の隅にあるベンチに座り、空を見上げている森山の姿が目に映る。
森山は屋上で一息つくのが好きだった。・・・それに・・・森山の最後の場所だ・・・。

静かに近づく。森山は気付くそぶりも見せない。

「森山・・・森山賢治君・・・」

突然声をかけたため驚かせてしまったようだ。
当然だが、俺が誰かわからずとまどっている・・・・その様子が懐かしい
当時のままの森山なので・・・俺は自然に笑顔になる。


「・・・久しぶりだな・・・・森山・・・俺が誰だかわかるか?」
「・・・いえ・・・すみません・・・」
「坂木だよ・・・お前の先輩だった坂木登だよ・・・」

森山は・・・・困惑しているようだ・・・。

「お前をはっきり覚えているのは、もうこの会社では俺くらいだろうな・・・」

森山の表情が不安げに堅くなる。・・・・もしかすると・・・何も覚えていないのか?
・・・俺は言葉を選びながら少しずつ話を続ける。

「ずっと・・・ずっとお前のことが心に残っていた・・・・」

森山は黙ったまま聞き続けている。

「お前を見かけた時、信じられなかった・・・・もう一度会えたらとはずっと思っていたけれど
・・・・本当に会えるとは思っていなかったから・・・・」

・・・何かを思い出し始めているのか森山は目を見開いて俺を見つめる。

「今日、君のことを見ていて・・・ああ・・・そうか・・・・・・この不思議な出来事は
君からの・・・・俺たちへの贈り物なんだな・・・とわかったんだ・・・・」


「・・・・贈り物・・・・?俺・・・・が?」
俺はとまどう森山にゆっくりと伝える・・・・。

「33年間の間・・・俺はお前を忘れたことは1日もなかったよ・・・」





森山は・・・しばらく黙ったまま動かなかった。



何もかも思い出せ・・・・森山・・・・・。

今日のこの不思議な出来事は・・・・・・お前が何かを願った結果だろう?
お前自身のことを思い出せ!




気が付くと・・・森山の目から涙がこぼれていた・・・。



「・・・森山・・・」

静かに微笑む。













そうだ・・・・お前は33年前の今日・・・・この屋上から・・・飛び降りた・・・。















俺が28歳、入社5年目の時、森山が入社し俺と同じ部署に配属になった。

俺に、少し気が弱そうで、優しい笑顔を持った後輩が出来た。
仕事がバリバリ出来る・・・というタイプではなかったが真面目で嫌な顔せずどんな仕事でも
いつも一生懸命にやっていた。
『潤滑油』的な存在だった。森山がいるとなんとなく、みんな和やかになる。


森山が入社して2年目、俺は大きな仕事を任された。森山が補佐に付いた。
森山にも補佐とはいえかなりの量の仕事を任せていたので俺達は毎日忙しいく
深夜まで会社にいる生活が続いた。


そして33年前の今日・・・・その日も朝から仕事に追われていた。森山も同じだった・・・。
昼過ぎ頃・・・少し森山の様子が変だとは感じていた・・・・元気がない。
何かあったのか・・・・気にはなったもののその時は忙しくて声をかけられなかった。
夜にでも久しぶりに飲みに行って話を聞こう・・・などと思っていた。
でも




その日の夕方・・・・森山はこの屋上から飛び降りてしまった。






遺書はなかったけれど・・・原因はすぐにわかった・・・・。


森山に任せていた仕事に大きなミスがあった。



森山は全てを思い出したようだ・・・。
肩を落とし、泣きながら座ってうつむいている。

「・・・森山・・・俺はな・・・お前にもう一度会えたら・・・言ってやりたいことがあったんだ・・・」

そうだ・・・33年間俺は考え続けてきた・・・・。

「・・・俺がどんなに悔しかったかわかるか?」

森山は俺の言葉を拒絶するように手で耳をふさぎ、目を堅く閉じる。
俺は森山の方を掴み力を込めた。

「話を聞け!!ちゃんと俺を見ろ!!・・・・頼むから・・・・」

気が付くと俺の目からも涙が溢れていた。
森山は、ゆっくり・・・目を開けた・・・俺をじっと見つめ、小さな声で言った。



「・・・俺・・・・・・ずっと考えていたんです・・・何で俺だけ大人のままなのか・・・子供に戻れるわけ、
ないですよね・・・・・・・・・俺の体は・・・・俺はもうこの世に存在しないのだから

そうだ・・・。もうお前は存在しない。

俺があの日、一言でもお前に声をかけていたらお前は死なずにすんだのかも・・・・。
ずっと考えていた。あの日あの時こうしていれば・・・・・もう、いくら考えても仕方のないこと
・・・でも自分で自分を責め続ける。


森山もずっと考えていたのだろうか・・・この屋上で・・・・あの世に行くことも出来ずに
長い長い時間・・・・・。

そして、願望がそうさせたのか、時間がそうさせたのか・・・・自分が死んだことすら忘れてしまい
それでも・・・考え続けていたのだろうか・・・。


「子供の頃・・・俺は大人になれば何でも出来ると思っていたんです。夢はいつか絶対かなえることが
出来ると信じていた・・・。毎日笑ったり泣いたりケンカしたり、悲しいこともたくさんあったけれど
それでも・・・信じていたんです・・・遠い未来の自分を・・・・」
森山は力ない笑いを浮かべ、そう言った。

死んでしまって、なお考え続け探し続けていたのか・・・・?

自分の気持を・・・・。

「・・・俺がみんなを子供に戻してしまったんですね・・・・・・」
クスッと笑った・・・・・・・涙を落としながら・・・・・・・。



子供に戻って考える時間が必要だったのは他の誰よりも森山だったんだ。

立ち止まって考える時間・・・・。

誰よりもこの時間を必要としていたのは森山自身だ。

そう強く願ったから・・・・。

でも森山は子供には戻れなかった。

たった一人だけ戻れなかった。



「・・・森山・・・・・俺は・・・・」
今の俺に出来ることは・・・俺の気持ちを伝えること・・・。
もう一度会うことが出来たら伝えようと思っていた言葉。


お前は何で一人で何もかも決め付けて逝ってしまった?
何で俺のことを頼ってくれなかった?
お前にとって・・・俺は何だったんだ?
何で何も言ってくれなかったんだ?


聞きたいことは山ほどあった。
でも今は何故か問いただす気持ちはなくなっている。


俺はお前に生きて欲しかった・・・悔しくて・・・・悲しかった・・・・。
目から涙がこぼれ落ちる・・・・。


知ってるか?森山。俺にとってお前って存在がどんなに大切だったか。
俺はお前に助けてもらったことが何度もあるんだ・・・。
お前は、いるだけで・・・和んだ・・・気持ちが・・・・優しくなれた・・・・・。
仕事が上手くいかなかった時も・・・落ち込んだときも・・・・そんなお前に何度も救われた・・・・・。


「俺は・・・・もう一度お前に会えることが出来たら・・・伝えたかった・・・」

33年間分の想いを込めて伝えよう・・・・・。

「俺は・・・お前っていう人間が・・・・とても好きだったよ・・・・・・」




森山は俺の言葉を聞いて、目を閉じ・・・そしてゆっくりと目を開けた。
俺を見つめる、その瞳は・・・とても穏やかで・・・悲しいものだった。




・・・どんなに後悔しても過去には戻れない・・・・。



最後に見た森山は・・・透き通るような笑顔だった・・・・。




そして・・・終業ベルが鳴った・・・。

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