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森山賢治の場合

もうすぐ終業時刻だな・・・・。
俺、森山賢治は今日1日唯一の大人として社内を駆けずり回り、やっと暇を見つけた。
一息つきに屋上へ上がり夕焼けを眺めている。
結局「なぜ自分だけ子供に戻れなかったのか」・・・という謎を解けないでいる。
屋上の隅にあるベンチに座り空を見上げる。ひどく疲れたように思う・・・。
こんなに忙しく働いたのは久しぶりのように感じる。この疲れはそのせいかな・・・・。
でも、とても心地良いな・・・・・。俺は目を閉じ考える。

今日はたくさんの人と話をしたな・・・それも久しぶりのように思う。



何か・・・忘れているような気がする・・・。


でもこのままで良いような気もする・・・。



「森山・・・森山賢治君・・・」
突然声をかけられドキッとした。目の前に少年が立っていた。子供姿のわりに背が高く体つきも
がっちりしていて、どこか頼れる・・・しっかり者という印象を受ける。
いや・・・体つきより、雰囲気が・・・とても・・・・・・優しい。
この会社の男性社員なんだろうが・・・多分年配の方だろうな・・・・。

・・・そういえば、今日始めて俺の名前を呼んでもらったような気がする。
そうだ、今日俺は誰にも「森山」と呼ばれていない・・・・。

何でだろう・・・。俺は大人の姿なのに・・・。

俺は少年を見つめた。少年は少し微笑み話し始めた。

「・・・久しぶりだな・・・・森山・・・俺が誰だかわかるか?」
子供の姿では・・・わかりずらい。
「・・・いえ・・・すみません・・・」
少し考えるフリをして降参した。



「坂木だよ・・・お前の先輩だった坂木登だよ・・・」

俺はこの名前を聞いて・・・頭の中が・・・ざわざわした・・・。


「お前をはっきり覚えているのは、もうこの会社では俺くらいだろうな・・・」

この人からすぐにでも逃げ出したい・・・そんな感情が湧き上がる・・・。

いや、この人から・・・というよりこれ以上この人の話を聞いていたら
思い出してしまうから・・・・・思い出す・・・?・・・・何を・・・?

「ずっと・・・ずっとお前のことが心に残っていた・・・・」

俺のこんな気持ちに気付かず少年は話を続ける。

「君を見かけた時、信じられなかった・・・・もう一度会えたらとはずっと思っていたけれど
・・・・本当に会えるとは思っていなかったから・・・・」

もう一度会えたらと・・・・ずっと思っていた・・・?

「今日、君のことを見ていて・・・ああ・・・そうか・・・・・・この不思議な出来事は
君からの・・・・俺たちへの贈り物なんだな・・・とわかったんだ・・・・」


「・・・・贈り物・・・・?俺・・・・が?」


「33年間の間・・・俺はお前を忘れたことは1日もなかったよ・・・」



33年間・・・・・?


あ・・・・・・


少しずつ少しずつ・・・心の時間が巻き戻されていく・・・。

俺が忘れていた・・・自分自身の時間が・・・溢れてくる・・・・。

そうだ・・・・俺は・・・・・こんな大事なことを忘れていただなんて・・・。



「・・・森山・・・」

少年が静かに微笑む。俺の目から涙がこぼれ落ちる。













そうだ・・・・33年前の今日・・・・俺はこの屋上から・・・飛び降りた。














俺は入社して2年目の時、坂木先輩の補佐として大きな仕事を任された。
補佐とはいえかなりの量の仕事を任せてもらって、毎日忙しく、深夜まで働く日々が続いていた。
大変だったけれどやり甲斐もあったし、坂木先輩が自分を信頼して任せてくれてると思うと嬉しかった。
仕事もできるし、後輩に厳しくて優しい先輩。入社当時から坂木先輩を尊敬していた。
だから・・・とても嬉しかったんだ・・・。
自分なりに頑張った。必死になって頑張った。


なのに・・・俺は大きなミスをしてしまった・・・・・。



『どうしよう』『どうしよう』『どうしよう』

恐かった・・・どうしていいのかわからない。

俺は何も考えられなくなっていた。










「・・・森山・・・俺はな・・・お前にもう一度会えたら・・・言ってやりたいことがあったんだ・・・」


全てを思い出し力なく座っている俺に向かって坂木先輩は話し続ける。



「・・・俺がどんなに悔しかったかわかるか?」

手で耳をふさぎ、目を堅く閉じる。先輩は俺の肩を掴み涙声で叫ぶ。

「話を聞け!!ちゃんと俺を見ろ!!・・・・頼むから・・・・」


俺は・・・そっと・・・目を開けた・・・そこには・・・泣いている少年の・・・坂木先輩の顔がある・・・。
先輩は涙を落としながら静かに優しく俺を見つめている・・・。

俺はやっとの思いで声を絞り出す。


「・・・俺・・・・・・ずっと考えていたんです・・・何で俺だけ大人のままなのか・・・子供に戻れるわけ、
ないですよね・・・・・・・・・俺の体は・・・・俺はもうこの世に存在しないのだから」

33年間の間・・・俺はずっと・・・この屋上で考えていたんだ・・・・・・・体は存在しないのに
俺の心はずっとずっとこの屋上にいたんだ・・・。俺はここから離れることが出来ずにいた・・・。

・・・・何で?

何でだろう・・・。何かを見つけたかったのかな・・・・。

誰かに見つけて欲しかったのかな・・・・・・。

寂しかったのかな・・・・。

違う。

俺は自分から死ぬことを選んだくせに・・・・・・・後悔したんだ・・・・・・。

誰にも助けを求めないで

誰の言葉も聞くこともなく

自分の存在すら否定してしまった・・・・・・。





あの日の俺には・・・・何も見えなくなっていた。

・・・心にも余裕がなくなっていたんだと思う。





俺は・・・・後悔しているんだ・・・・・。


後悔してこの場所にしがみついていたんだ・・・・。





「子供の頃・・・俺は大人になれば何でも出来ると思っていたんです。夢はいつか絶対かなえることが
出来ると信じていた・・・。毎日笑ったり泣いたりケンカしたり、悲しいこともたくさんあったけれど
それでも・・・信じていたんです・・・遠い未来の自分を・・・・」

この屋上でさ迷いながら、俺は子供の頃の自分に戻りたい・・・・・・そう強く願った・・・・・・
願ってしまった・・・・・・・その結果が、これだ・・・・・・・。


子供の頃に戻って・・・・・・いや、ただ単に・・立ち止まって考えたかったんだ・・・。


「・・・俺がみんなを子供に戻してしまったんですね・・・・・・」
クスッと笑った・・・・・・・自然に涙が落ちる・・・・。


何もかも俺のせいだったんだ・・・・・・・・。



俺が強く願ったこと。でも皮肉だね、俺だけ子供には戻れなかった。たった一人だけ戻れなかった。

過去には戻れずそして未来にも行けない。

「・・・森山・・・・・俺は・・・・」

坂木先輩は・・・優しく微笑み、俺に話し掛ける。
先輩も泣いている・・・・泣きながら微笑む・・・・とても悲しい笑顔に見えた。




「俺は・・・・もう一度お前に会えることが出来たら・・・伝えたかった・・・」







「俺は・・・お前っていう人間が・・・・とても好きだったよ・・・・・・」








・・・どんなに後悔しても過去には戻れない・・・・。

俺にはもう未来もない。

自分で時間を止めてしまった。


・・・どんなに後悔しても過去には戻れない。


それでも・・・最後に・・・・・・・自分を好きだと言ってくれる人に会えた・・・・








もう・・・やめよう・・・自分を苦しめるのは・・・・・・・。

俺の心・・・もう自由にしてやろう・・・・・・。

どんどん心が軽くなっていく・・・・・。


最後に俺の目に映ったのは・・・・先輩の優しい笑顔だった・・・・・・・。








そして・・・終業ベルが鳴った・・・。

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