<田中・・・お前だったらどうする?> 関口はいつも心の中で問いかける。
仕事のことも、自分自身のことも・・・好きな人への想いも・・・自分が迷った時
気が付くと、語りかけている。
「癖になっちゃってんだよな。」 ボソッと呟いて、ビールを一口飲んだ。
健太郎が魔法の国へ帰って、関口や咲子の気持ちには関係なく時は流れた。 3年という月日は、あの悲惨な事件をその時間の分だけ過去のものとした。 事件の関係者以外の人々にはどんどん新しいニュースが舞い込み、記憶は埋もれていく。
かつてこの世界に、融通が利かなくて、頑固で、お人好しな・・・優しい魔法使いがいたことを 覚えているのは直接彼と接した人間達だけだろう。
時折、過去の驚愕の出来事としてあの日の映像が放送されたりもしているが ・・・その魔法使いのことをちゃんと理解している人間は数えるほどしかいない・・・。
でも、その数えるほどしかいない人間の心に、深く刻まれた記憶。 それはいくら時間が経とうとも色褪せることなく、今も鮮明に蘇る。
<この店、お前がいた頃と全然変わんないよ> 関口はかつて健太郎とよく飲みに来た飲み屋の店内を見渡す。
『それって変です。』
「言いにくいこと、はっきり言いやがったよな。」
『そんなんじゃ幸せになれない。』
「言われなくてもわかってるっての!」
『俺のこと・・・怖くないんですか?』
「お前なんか怖いわけないだろ。」
いつかわかり合えると信じ・・・・今も違う世界で眠り続けている友人に語りかける。
<林さんは今も変わらずお前のことを想ってるよ・・・> 咲子だけでなく、関口の心の中にも、今も変わることなく健太郎は息づいてる。
『咲子さんの幸せを願っています。』
咲子が愛した、心優しい魔法使い。 その想いを抱きしめ、約束を守るために生きていく。
<俺がお前に勝てるわけ、ないんだよな> 関口の、咲子への想いも変わっていない。 ずっと咲子のことを想い、見守り続けてきた。
関口は店を出て、夜道を歩きながら通り過ぎる人々に目をやる・・・。 生きていく中で出会える人の数なんてたかが知れてる・・・。
その中で、これほど愛しいと思える人に出会えたのは・・・幸せなことなのだろう。
叶うことなら一緒に生きて生きたい。 一緒に幸せになりたい・・・・・。
立ち止まり、夜空を見上げると・・・繁華街の光に負けずに・・・ほんの少しだけ星が見えた。
<田中・・・俺に魔法をかけてくれよ・・・・>
ほんの少しだけ、勇気が欲しい・・・。
気持を伝える勇気。
そんな魔法かけてほしい・・・。
・・・・・・・・・違う。
欲しいのは・・・魔法なんかじゃなく・・・。
「田中・・・・。」
<お前の言葉が聞きたいよ・・・・>
「いいんじゃないの?お前はお前のやり方でぶつかっていけば。」
不意にそんな言葉が耳に入った。 関口は声の方へ振り返るが・・・誰が言った言葉なのかも、どんな会話の中で出てきた言葉なのかも わからなかった。
関口は・・・しばらくぼんやりと人ごみを眺め・・・・クスっと笑った。
「そうだよな・・・。その通りだ・・・。」 小さな声で呟いて・・・目に入った電話ボックスに足を運んだ。
番号を押し、軽く深呼吸する。
会ってから伝える・・・そんな時間も惜しかった。 とにかく、今の気持を伝えようと思った。
呼び出し音が数回鳴った後、受話器の向こうに大好きな人の気配を感じた。
幸せになりたい。幸せにしたい。・・・・心の中に生きる、魔法使いと一緒に。
自分に何が出来るかはわからない。・・・でも、自分にしか出来ないことがきっとあるはずだから・・・・。
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